。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

素直じゃない!?

 

 

思えばあたし喧嘩したことってなかった。

 

 

あんまり数が多くない友達とは、喧嘩することなんて一度もなかったし

 

 

組のもんはあたしが不愉快だと思うことをしないし

 

 

叔父貴以外面と向かって説教垂れて来たのは―――

 

 

 

 

 

 

 

メガネが初めでだった。

 

 

 

 

――――

 

 

仲直りの方法を考えて、3日が経った。

 

 

このころ龍崎組では、叔父貴の話していた関西白虎会との盃を交わすと言う噂が出回っていた。

 

 

まぁ叔父貴も隠し通す気が無いらしいからいいけど。

 

 

それでも組の中ではやはり不穏な空気が流れてる。

 

 

「お嬢!白虎会と盃を交わすって話、ホントですかい?クラブZの件もそれに絡んでるってことですか!?」

 

 

マサが血相を変えてあたしに食いかかってきた。

 

 

 

「盃の件はマジだよ。でもあたしもクラブZの件も含めて詳しい話は知らない。その内叔父貴から大々的に話が来るだろうよ」

 

 

 

 

 

正直今それどころじゃない。

 

 

 

メガネとの仲直りの件が先決だ。

 

 

 

 

P.124


 

とは言ってもどうすればいいのか……

 

 

大体口喧嘩(ちょっと手が出たけど)ビギナーのあたしにはその始末の仕方すら分からない。

 

 

虎間とのガチ喧嘩の方がよっぱど楽で簡単だ。

 

 

 

 

 

 

「朔羅っ!次選択授業だよ~移動しよ」

 

 

リコの声にあたしは、はっとなった。

 

 

そうだ。今は学校だ。

 

 

「どうしたの~?朔羅の好きな調理実習だよ?」

 

 

「今日何作るんだっけ?」

 

 

「やだな~忘れちゃったの?パウンドケーキだよ」

 

 

「ケーキ!?マジかよ!作ったら俺にくれっ」

 

 

千里があたしらの会話に入ってきた。

 

 

「誰があんたなんかに」

 

 

リコが白い目で千里を睨む。

 

 

「龍崎くん、受け取ってくれるかな~?」

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

そうか!その手があったか!!!

 

 

食べ盛りの男子高生を食い物で釣る。

 

 

ベタだがその方法しかないっ!

 

 

 

 

 

ビバ☆調理実習!!

 

 

 

 

 

 

P.125


 

――――

 

 

「は~い。みなさんうまく焼けましたね。ではラッピングしてくださいね~」

 

 

先生の言葉で女子たちが「は~い♪」と明るい声で返事をする。

 

 

週一回の調理実習の選択授業は2クラス合同で、もちろん全員女。

 

 

クッキーやらケーキやら、何かとつけて男子にプレゼントできそうなメニューをチョイスしてくる辺り、どうなのかと思ってたけど…

 

 

今日ほどこの授業がありがたく思える日はないよ。

 

 

「わ~エリナ♪そのラッピング可愛い☆」

 

 

隣のグループは何かとつけて賑やかだ。

 

 

隣のクラスの新垣 エリナ。

 

 

可愛くて女の子っぽくて、しとやかで優しくて器用でおまけに頭がいい。

 

 

学校のマドンナ的存在だ。

 

 

 

 

あたしとは正反対だな。

 

 

 

 

男はみんなあんな女の子が好きで、きっと叔父貴もああいうタイプが好きなのだろうな……

 

 

あたしの母親がそうだったように。

 

 

ま、メガネは関係ないだろうけど。

 

 

あいつは女に興味がないらしいからな。

 

 

何故かそのことにほっと安心感を覚える。

 

 

 

 

 

新垣 エリナのラッピングをちらりと見ると、

 

 

透明のセロファンの袋にピンクと赤のリボンをきれいに飾ってある。

 

 

しかも袋の口を細かくぎざぎざにカットしてあってなかなか手が込んであった。

 

 

「わー、ホントうまくラッピングしてあるねぇ。それにつけて朔羅……あんたそれ…」

 

 

リコは隣のグループを見て、次いであたしの手元を見、ちょっと眉を寄せた。

 

 

 

 

「不器用ですから」

 

 

あたしは自分の手の中にあるケーキのラッピングを見て、ため息を吐いた。

 

 

 

 

P.126


 

「朔羅ってお料理は上手だけど、他は不器用だよね」

 

 

リコが笑う。

 

 

う゛…しょうがね~だろ!!

 

 

あたしの手の中にあるケーキのラッピングはリボンは傾いてるし、切り口もまばら。

 

 

 

 

 

もっと女の子らしくできたらいいのにな。

 

 

 

 

 

不恰好なケーキを持って、あたしは教室に戻った。

 

 

戻ると千里が両手を広げてあたしの前に立った。

 

 

「何?」

 

 

あたしが眉を寄せると、

 

 

「ケーキ。ちょーだい」とにこにこして言う。

 

 

「自分で請求する?ってかお前にはやんないよ」

 

 

「えー、何でだよっ。ってもしかしてお前、誰かにやるつもりじゃ……」

 

 

「バ……ちげーよ。上手に出来たから自分で食うんだよっ」

 

 

あたしはぷいと顔を背けた。

 

 

背けた視線の先にはメガネがいて。

 

 

「龍崎くん。調理実習でケーキ作ったの~。食べてくれる」

 

 

女子たちが群がってる。ていうか、調理実習を選択していたクラスの女子のほとんどだ。

 

 

その中にリコもちゃっかり混ざってる。

 

 

「わぁ。ありがと」

 

 

なんてにこにこ顔でメガネは受け取っている。

 

 

「ちぇ。女子はみんなああいう男が好きなんだな」

 

 

千里がおもしろくなさそうに唇を尖らせた。

 

 

「ホントに……みんな目ん玉腐ってんじゃねぇの?」

 

 

あたしは言ってやった。

 

 

みんなショックだろうな。

 

 

こいつは実は男が好きだって言ったら。

 

 

 

 

 

 

 

P.127


 

 

うーん……やっぱ教室で渡すのは、さすがに…

 

 

それに、みんなきれいにラッピングしてある。

 

 

あたしのなんてとてもじゃないけど、見れるもんじゃない。

 

 

どこか人けのいないところでそっと手渡して、そんでもってついでに謝れたら……

 

 

 

 

そんなことをずっと考えて、とうとう下校時間になっちまった。

 

 

いつもならメガネを避けるため、ホームルームが終わると同時にダッシュしてたけど、今日は何とかメガネに近づけるチャンスを窺っていた。

 

 

家ではみんないるし、何だか照れくさくて渡せないから。

 

 

そう思っていたら、メガネが鞄を持って席を立った。

 

 

 

 

チャーンス!

 

 

 

 

あたしも急いで席を立つと、ダッシュでメガネを追いかけた。

 

 

メガネはクラスの女子からもらったケーキの山を紙袋に入れてガサガサ音を立てながら、廊下を歩いていく。

 

 

ん?ちょっと待て。

 

 

そっちは昇降口じゃねぇぞ。

 

 

そう思いながらこそこそ後を尾けていくと、いつの間にか裏庭に着いていた。

 

 

こんなところに何の用だ?

 

 

訝しく思っていても、何故か植木の影に隠れてメガネの様子を窺っていると、

 

 

校舎の向こう側からマドンナ新垣 エリナが走ってきた。

 

 

 

 

 

「ごめん。待ったかな?」

 

 

マドンナはほっぺたをピンク色に染めてメガネを見てる。

 

 

 

んん―――!!

 

 

 

これって……

 

 

 

 

 

 

 

P.128


 

「待ってないよ。今来たとこ」

 

 

メガネの柔らかい声が聞こえた。

 

 

きっとにこにこ相変わらずの笑顔なんだな。

 

 

こっちに背を向けてるからわかんねぇけど。

 

 

「呼び出してごめんね。あの……これを渡したくて」

 

 

マドンナは恥ずかしそうに言うと、ごそごそと何かを取り出した。

 

 

その何かはよく見えなかったけど、確かめるまでもない。

 

 

調理実習で作ったケーキだ。

 

 

「これを僕に?ありがとう」

 

 

メガネは快く受け取っているようだ。

 

 

 

 

 

 

「あの……龍崎くん。あたし、龍崎くんのことが好きなの……彼女とかいなかったら付き合って欲しいんだけど」

 

 

 

 

 

やっぱり―――!!

 

 

 

何かいけないものを見てしまった。

 

 

メガネは何て答えるんだろ。

 

 

 

 

 

何か……

 

 

 

何でか、答えを聞きたくない。

 

 

 

心の中にあのいいようのないもやもやが立ち込めてくる。

 

 

 

P.129


 

マドンナは……

 

 

きれいで可愛くて、料理も上手で、ついでにラッピングもきれいで……

 

 

非の打ち所のない完璧な女の子だ。

 

 

 

 

あたしは……

 

 

口は悪いし、態度も悪いし、不器用で―――

 

 

 

全然女らしくない。

 

 

 

 

手に握ったケーキのラッピングがひどく滑稽なものに見えた。

 

 

こんなもの……

 

 

渡したって、マドンナのケーキをもらった後じゃ、嬉しくも何ともないよ。

 

 

 

 

あたしは音を立てずにその場をそっと立ち去った。

 

 

メガネが振り返って、

 

 

「朔羅さん……?」と囁いたのも気づかずに―――

 

 

 

 

P.130


 

 

 

――――

 

 

何となくどんよりした気持ちで家に帰ると、

 

 

廊下からひょっこり蠍座キョウスケが顔を出した。

 

 

手には風呂掃除用のスポンジ。ジーンズと、タートルネックの袖はまくってある。

 

 

「お嬢、お帰りなさい」

 

 

「ただいま。何だ、今日はキョウスケが風呂掃除当番か?ご苦労だな」

 

 

「いえ。もう終わったところです」

 

 

あたしはキョウスケの顔を見上げた。すっと通った鼻の頭に泡がついてる。

 

 

 

 

あたしは吹き出した。

 

 

「?どうしたんですか?」

 

 

キョウスケがいぶかしんで首を傾げる。

 

 

「おめぇ、鼻に泡がくっついてる」

 

 

「え?あぁほんとだ」

 

 

キョウスケは慌てて鼻を擦った。

 

 

鼻から手をどけると、キョウスケは出し抜けにふっと笑った。

 

 

びっくりした……

 

 

こいつが笑うところあんまり見たことないから。

 

 

「やっと笑ってくれましたね」

 

 

「え?」

 

 

あたしは目をまばたいた。

 

 

「だって最近お嬢、全然元気なかったから。笑わなかったし。笑ったほうが可愛いですよ」

 

 

―――!!!

 

 

 

P.131


 

びっくりしてあたしは口をぱくぱくさせた。

 

 

組のもんには「可愛いでっせ」とかよく言われるけど、それは挨拶みてぇなもんだし、あたしも本気と取ってない。

 

 

それにキョウスケがあたしが元気ないことを知ってたことにも驚きだ。

 

 

何に関しても無関心そうだったのに。

 

 

「ど、どうしたんだよ。おめぇ。熱でもあるんじゃねぇのか?」

 

 

「熱はありません。至って元気です」

 

 

そう真顔で答えたキョウスケはやっぱりいつものキョウスケで。

 

 

でもこいつなりに心配してくれてたんだな。

 

 

そだ。

 

 

あたしは鞄を開けると、不恰好なケーキを取り出した。

 

 

「お前にやるよ。調理実習で作ったんだ。まぁ見てくれはあれだけど、味の方は保障するから」

 

 

「これを俺に……?お嬢の手作りですか?ありがとうございます」

 

 

キョウスケはびっくりしたように目をぱちぱちさせて、あたしのケーキを受け取った。

 

 

その顔がさっきの笑顔よりもっとにこやかで―――あたしはまたまたびっくりしてしまった。

 

 

 

 

そのとき、

 

 

 

 

ガラガラ

 

 

古めかしい玄関の引き戸を開ける音がして、

 

 

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

 

 

 

 

とメガネが帰ってきた。

 

 

 

P.132


 

「朔羅さん、もう戻って……」

 

 

と言いかけてメガネは口を噤んだ。

 

 

目はキョウスケの手元にあるケーキを追っている。

 

 

「それ……調理実習の?」

 

 

「そうだよ。誰にもやる奴がいねぇから、こいつにやったんだ」

 

 

あたしの答えにメガネはたっぷり時間を含ませて、

 

 

 

 

 

 

「ふーん」

 

 

 

 

 

とつまらなさそうに唇を結んだ。

 

 

 

な……!

 

 

何だよ!!その不服そうな顔はぁ!!!

 

 

メガネは不機嫌そうに顔を背けると、何も言わずにあたしたちの横を通り抜けた。

 

 

すたすたと無言で廊下の向こう側に消えると、

 

 

「何だよあいつは」とあたしは思わず悪態をついた。

 

 

 

 

キョウスケは何がおもしろいのかクスクス忍び笑いを漏らすと、

 

 

 

 

 

「メガネくんはお嬢のケーキが欲しかったんじゃないですかね?」

 

 

 

 

と聞き捨てならねぇことを言った。

 

 

 

P.133<→次へ>


コメント: 0