。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

キス!?

 

「叔父貴、ありがとう♪」

 

 

上機嫌に礼を言って中からピンクのケータイを取り出す。

 

 

当然ながら、待ちうけは初期設定のままで。

 

 

 

 

突然閃いた。

 

 

「叔父貴、もう一個我がまま言ってい?」

 

 

叔父貴はタバコを銜えたまま器用に口の端に笑みを湛えると、

 

 

「何だ?」と低く聞いてきた。

 

 

 

 

言ってから、急に照れくさくなった。あたしはもじもじと俯くと、下を向いたまま小さく言った。

 

 

「叔父貴とツーショットの写メ撮りたい」

 

 

叔父貴は小さく吐息のような笑みを漏らして、あたしの頭を撫でてくれた。

 

 

「そんなの我がままの内に入らんだろう」

 

 

「いいってこと?」

 

 

あたしがおずおずと顔を上げる。

 

 

「いいよ。撮ろう」

 

 

 

 

やったーーーー!!!

 

 

 

あたしは思わず飛び跳ねた。

 

 

あまりにも子供っぽい態度に、叔父貴がまた笑みを零す。

 

 

 

う゛!

 

 

ちょっと子供っぽすぎたかな。だって嬉しいんだもん。

 

 

 

 

 

叔父貴と初☆写メ!

 

 

 

 

 

P.83


 

 

 

あたしは買ってもらったばっかりのケータイを手に、そっと叔父貴に寄り添った。

 

 

「撮るよ~」

 

 

「もっと近づかないと、入らんだろう」

 

 

叔父貴があたしの頭に手を回し、ぐっと自分の方へ引き寄せる。

 

 

洗い立ての髪や首筋から、石鹸のいい香りが漂ってくる。

 

 

わ!

 

 

う、嬉しすぎて心臓が!顔がっ!!

 

 

 

 

カシャッ

 

 

 

小さなシャッター音が聞こえて、あたしはケータイの画面を覗き込んだ。

 

 

まるで恋人のように寄り添った二人。

 

 

叔父貴は相変わらずクールな微笑を湛えていて、超かっこいい。

 

 

引き換えあたしは……

 

 

「あたしちょっと顔にやけてないか?」

 

 

「そっか?可愛いと思うが?」

 

 

か、可愛い!!?

 

 

 

「これっ!絶対永久保存!!」

 

 

あたしはボタンを押して早速画像を保存した。

 

 

「メガネに自慢してやろっ。あいつ絶対悔しがるはず」

 

 

いししと笑って、あたしはケータイを閉じた。

 

 

「自慢?悔しがる?」

 

 

叔父貴が怪訝そうに眉を吊り上げた。

 

 

「あいつは叔父貴が好……じゃなくてっ叔父貴の信者っぽいところがあるからっ」

 

 

あたしは慌てて言った。

 

 

危うくホントのこと言っちまうところだった。

 

 

 

 

 

 

 

メガネの気持ちは、例え叶わなくても、正しくなくても

 

 

 

あいつだけの気持ちだ。

 

 

 

 

 

容易にあたしが喋っていい筈もねぇ。

 

 

 

 

 

 

P.84


 

 

「戒とはうまくやってるか?」

 

 

灰で小さくなったタバコを灰皿に押し付けながら、叔父貴はのんびりと言った。

 

 

ガラス製の立派な灰皿だ。振り回したら、立派な凶器になる。

 

 

誰だよ、こんなもんここに置いたのは。叔父貴の周りにこんな危ねぇもん置くなよ。

 

 

 

 

「……うまくもなにも。まぁあいつ何か無害そうだし。大丈夫だよ」

 

 

「無害……」あたしの言葉を繰り返して叔父貴はふっと涼しく笑った。

 

 

だってあいつは叔父貴が好きだから。

 

 

女には興味がねぇから。

 

 

男は大きく二つに分けられる。

 

 

3年のキモ金髪野郎とか、クラスメイトのメガネ2号とかは害がありそうだけど。

 

 

叔父貴や組のもん、千里(ついで)はあたしの気持ちを無視して、ちょっかいかけてきたり、手を出してきたりしない。

 

 

メガネもあたしに興味がなさそうだから、後者だ。

 

 

だから変に意識することもねぇ。

 

 

 

 

でも、気にはなる。

 

 

「なぁ叔父貴。なんでメガネを養子にしたんだ?あんな弱っちそうなヤツ。どう見てもカタギだろ?」

 

 

ずっと不思議に思ってたことだ。

 

 

メガネは普通のどこにでもいる男子高生だ。

 

 

大体にして叔父貴とメガネは正反対すぎる。

 

 

歩く凶器みたいな叔父貴と(←ホントに好きなのか?)、歩くぬいぐるみみたいなメガネ。

 

 

そんな平穏な人間を、何故わざわざ叔父貴は極道の世界に連れ込んだのか。

 

 

叔父貴の子供ってことは、それだけ危険が伴う。

 

 

何かとつけてタマ(命)狙われてるからな。

 

 

 

 

 

だからあたしたちも、唯一の血縁(?)者でも別々に暮らしてるってのに。

 

 

 

 

「戒のことが気になるのか?」

 

 

叔父貴はソファの肘掛に肘をつくと、器用に片目だけを細め唇を結んだ。

 

 

 

 

 

恐えぇ!

 

 

 

何か叔父貴、怒ってる……

 

 

 

 

 

 

 

 

P.85


 

叔父貴は面白くなさそうにぷいと顔を背けると、むすっと唇の端を曲げている。

 

 

「お…叔父貴、あたし何かまずいこと言った?」

 

 

叔父貴は顔だけをちょっと戻すと、

 

 

 

 

「別に……」と面白くなさそうに呟いた。

 

 

「な、何だよ」

 

 

あたしは叔父貴の顔を覗き込んだ。

 

 

叔父貴はちょっとだけ目を細めると、僅かに頬を赤くさせた。

 

 

ため息を吐くと、

 

 

 

 

 

 

「全く、このお姫さまは」

 

 

 

 

 

 

ふわりと風が来て、体が持ち上がる。

 

 

「わ!わわ」

 

 

叔父貴はあたしを軽々と持ち上げると、片腕にあたしを座らせた。

 

 

そのままゆっくりと立ち上がる。

 

 

抱っこされたまま、あたしは赤くなった顔で叔父貴をちょっと見下ろした。

 

 

視線が叔父貴とほとんど同じ位置だ。

 

 

見える景色も、高さもまるで違う。

 

 

叔父貴の視界ってこんな風なんだ、と改めて実感した。

 

 

 

全てが眼下に見下ろせるような、そんな視界。

 

 

 

 

実際色んなものをその目で見てきて、視界に焼き付けてきたんだろうな。

 

 

 

色んな意味で叔父貴は下の世界をその鋭い目で見て、そしてそれらの景色をものにしてきたんだ。

 

 

 

 

P.86


 

叔父貴はあたしを抱っこしたまま、廊下に出た。

 

 

「どこ行くの?」

 

 

「お前に見せたいものがあるんだ」

 

 

叔父貴はまたも微笑みをたたえた。

 

 

その微笑がかっこよすぎてあたしはまともに直視できなかった。

 

 

照れ隠しのつもりと、落っこちないようにと叔父貴の首に腕を回ししがみついた。

 

 

 

 

 

見せたいものって何だろ。

 

 

ドキドキ…

 

 

叔父貴は寝室に向かうと、片手で器用に扉を開けた。

 

 

 

 

 

カチャ

 

 

 

 

扉が開くと、そこは満開の桜が咲き誇っていた。

 

 

あたしは目を開いた。

 

 

「わぁ」

 

 

思わず感嘆の声を上げる。

 

 

たぶん造花だろうと思うが、ベッドの脇に小さな桜の木のジオラマが飾ってあった。

 

 

小さいとは言え立派なもんだ。

 

 

少し開いた窓から風が入り込んできて、桜の花びらがリアルに舞っている。

 

 

「きれい」

 

 

「だろ?」

 

 

手を差し伸べると、桜の花弁がそっと手に落ちてきた。

 

 

色も、質感も申し分ない。

 

 

ほとんど本物と変わらない精巧なできだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お前に一番最初に見せたかった」

 

 

 

 

叔父貴は首を上げてちょっとあたしを見上げた。

 

 

気のせいかな。

 

 

その瞳がちょっと切なそうに揺らいだように見えたのは……

 

 

 

 

P.87


 

「桜……触ってもいい?」

 

 

「いいよ」叔父貴はそのまま桜の木に近づく。

 

 

「あ…、あのさ……抱っこされるのは嬉しいんだけど、あたしもうガキじゃねんだから、一人で行けるよ?」

 

 

クスッ

 

 

叔父貴は意味深に笑う。

 

 

な、何だよ……

 

 

「そりゃあたしは、叔父貴にとっていつまでもガキだけど、あたしだって…」

 

 

 

 

女なんだから。

 

 

 

そう続けたくても言葉は出てこなかった。

 

 

叔父貴は桜の木の下に行く足をふいと止めると、くるりと方向転換した。

 

 

きっちりベッドメイクされた大きなキングサイズのベッドにあたしをそっと降ろす。

 

 

上質なシーツの感触が手に気持ちよく吸い付く。

 

 

叔父貴はそのまま、あたしに覆いかぶさるように手をついた。

 

 

叔父貴の高い身長に、あたしなんてすっぽり隠れてしまう。

 

 

切れ長の瞳を和らげて、叔父貴はふっと微笑んだ。

 

 

ドキリ……としてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガキだと思ってる女を、ベッドには上げない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.88


 

え―――……それって…

 

 

叔父貴は前かがみになると、そっとあたしの額に口付けを落とした。

 

 

柔らかい優しい口付け。

 

 

「ガキだと思ってる女にキスなんてしない」

 

 

叔父貴の低い声が、あたしのうなじをぞくぞくっと逆撫でしていくようだ。

 

 

まるで痺れたように、体も表情も言うことを聞かない。

 

 

「お、おでこはキスの内に入らない…」

 

 

かろうじて言えた言葉だった。

 

 

 

 

だけど―――

 

 

しまったぁ――――!!これじゃチューをせがんでるみてぇじゃねぇか!!

 

 

 

 

 

「や!忘れてくれっ。今のは」

 

 

あたしは慌てて顔を逸らすと、両手を前にかざした。

 

 

クスクス

 

 

またも叔父貴がからかうように小さく笑う。

 

 

「な、何だよ。やっぱガキ扱いじゃん」

 

 

あたしは今度は本気でむくれた。

 

 

あーあ…

 

 

ちょっとでも期待したあたしがバカだった。

 

 

あたしはごろりとベッドに倒れた。

 

 

近くにあった枕を手繰り寄せると、それに顔を埋める。

 

 

 

 

あたし……

 

 

きっと今酷い顔してる。

 

 

きっと耳まで真っ赤だ。

 

 

だけど、いつまでたっても女扱いしてくれない叔父貴に焦れてるところもあって…。

 

 

 

 

とにかくこんなんじゃ、叔父貴に顔向けできねぇ。

 

 

 

なんて考えてると、

 

 

 

ギシっとベッドが軋む音がした。

 

 

 

 

 

 

 

P.89


 

へ……?

 

 

声を出すより先に叔父貴の唇が、あたしの首元に吸い付いた。

 

 

「わっ!」

 

 

慌てて枕を離したけど、叔父貴の顔はあたしの首から離れなかった。

 

 

口付けを落とすって言うより、肌を強く吸われてる感じ。

 

 

 

 

 

この感覚は……

 

 

 

以前にも覚えがある。

 

 

 

 

 

 

 

『朔羅……、お前は俺のものだ。一生。誰にも渡さない』

 

 

 

 

 

葬った筈の記憶。“あの男”の言葉が甦る。

 

 

 

 

あたしは目を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

開いた目は乾ききっていて、そこから何も出てこないはずだったのに。

 

 

ふいにそこから涙が出そうになった。

 

 

 

 

違う……

 

 

 

叔父貴はあいつとは違う。

 

 

 

叔父貴の唇は優しくて、優しくて……まるで壊れ物を扱うような繊細なものだ。

 

 

いつだって乱暴だった“あの男”のものとは全部が違う。

 

 

 

 

 

違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.90


 

「朔羅……?」

 

 

叔父貴はあたしの首から顔を離すと、心配そうにちょっと眉を寄せた。

 

 

「そんなに固まって……恐かったか?」

 

 

知らずの内に力を入れてたのだろう、あたしは両手を胸の前に当て、拳を握っていた。

 

 

叔父貴がそっとあたしの手に触れる。

 

 

あったかい、大きな手。

 

 

あたしの大好きな手。

 

 

「ちょっと…びっくりして」

 

 

あたしはできるだけ自然なように振舞った。

 

 

叔父貴の黒曜石のような漆黒の瞳が、また揺らぐ。

 

 

 

 

 

 

 

だめだ。

 

 

 

 

 

この人に、あたしの不安を悟られちゃなれねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「叔父貴……キスして?」

 

 

 

 

 

あたしは頭に浮かんだ“あいつ”の顔を消し去るように、あたしの中の正直な気持ちを口にした。

 

 

 

 

P.91


 

叔父貴は目をみはると、薄い唇をきゅっと結んだ。

 

 

「…あ、やっぱダメだよなぁ。ワリぃ。今の忘れて?」

 

 

あたしは顔を真っ赤にして慌てて手を振った。

 

 

ギャ~~~!言うんじゃなかった!!叔父貴、困ってるじゃねぇか。

 

 

 

 

 

「ああ、ダメだ」

 

 

あたしの言葉に叔父貴は冷たく答えた。

 

 

 

ズキン……

 

 

ダメもとで聞いたのに、やっぱストレートに言われるとちょっと……いや、かなりへこむ。

 

 

心臓が嫌な音を立ててきゅっと縮む。

 

 

勇気を振り絞って言ったのに……

 

 

言わなきゃ良かったな。

 

 

 

あたし…もう後悔してる。

 

 

 

 

「ごめん。今のは気にしないでいいから。ガキの戯言だと思ってよ」

 

 

叔父貴の下になっているあたしは、叔父貴を押しのけて起き上がろうとした。

 

 

けど、叔父貴はそれを阻んだ。

 

 

両手を掴まれて、ベッドに張り付けられる。

 

 

 

「そりゃ無理だな」

 

 

「へ?」

 

 

 

 

 

「お前が俺のことを“琢磨”って呼んでくれたら、いいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.92


 

え!ぇえ―――!!?

 

 

そ、そりゃ呼びたいよ。大好きな男の名前だもん。

 

 

あたしがまだちっちゃい頃は「たくま」って呼び捨てしてたけど。

 

 

死んだ母さんが叔父貴のことをそう呼んでたから、真似てただけで。

 

 

 

でも……あれからときが経ってるし…

 

 

しかも本人を目の前にしてっ―――恥ずかしすぎる!!

 

 

 

 

 

 

「呼ぶ?呼ばない?キスする?しない?どっちだ?」

 

 

 

 

 

 

叔父貴は少し意地悪そうに口の端で笑った。

 

 

くっ!!

 

 

叔父貴、卑怯だぜ!こんなときまでどこまでかっこいいんだよ!!!

 

 

このドSがぁ!

 

 

 

でも……

 

 

 

呼びます♪

 

 

 

あたしはドMか……

 

 

 

 

 

 

 

「た…琢磨」

 

 

 

 

 

キスして……って続けたけど、その言葉は叔父貴の口付けでかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

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