。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

夜這い!?

 

 

「お、お嬢。何されてるんですか?」

 

 

通りかかった組のもんが風呂場の前で張り付いてるあたしを見て、怪訝な表情を浮かべた。

 

 

「しっ!黙ってろ」

 

 

あたしは野郎の頭を押さえて扉に耳をくっつけた。

 

 

「お嬢、何してるんですか?え?覗き!?」

 

 

今度はタクだ。ぞろぞろと他の下っ端どもを引き連れてる。

 

 

「んなわけあるかっ!!おめぇらも黙って聞き耳を立てろ」

 

 

あたしは耳を離さずに野郎共を睨み上げた。

 

 

「へ、へい」

 

 

大人しくあたしの言われた通り、耳をくっつける組のメンバーたち。

 

 

依然中から話し声は聞こえない。

 

 

くっーーー!ホントに何やってんだよ。

 

 

いつの間にかあたしの周りには男共の群れが出来ていた。

 

 

「お嬢、ホントになにされてるんですか?」

 

 

「うるせぇ。黙って言う通りにしな…」

 

 

と言い終わらないうちに、

 

 

ガラっ

 

 

突然風呂場の引き戸が開いた。

 

 

 

 

 

 

P.177


 

 

パジャマを着たメガネと、マサから借りた白シャツに、ジーンズといういでたちの叔父貴があたしたちを見下ろしている。

 

 

「ね?言ったとおりでしょ」

 

 

とメガネが意味深に笑って叔父貴を見た。

 

 

叔父貴は無言で額を押さえている。

 

 

「お、叔父貴!こっ、これは…」

 

 

「知らなかったな~朔羅さんに覗きの趣味があるなんて」

 

 

メガネはふふんと鼻で笑った。

 

 

メガネ!てめぇ。覚えてろ!!いつかぶっ殺してやるっ!!!

 

 

「「「す、すいやせんでした~」」」

 

 

あたしに無理やり引っ張られて言うことを聞いていた組のもんは、何に対してか大声で謝るとスタコラサッサと散り散りに逃げていった。

 

 

すまねぇ、みんな…

 

 

心の中で小さく詫びると、あたしは腰をあげた。

 

 

「叔父貴……」

 

 

ちょっと申し訳なさそうに叔父貴を見ると、叔父貴はにっこりと微笑みを浮かべてあたしの頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

「そんなコソコソ覗き見なくても、見たかったら俺はいつでも脱ぐぞ?それとも戒の裸が見たかったのか?」

 

 

 

 

 

お、叔父貴―――いつでも脱ぐって、脱ぐって―――!!!

 

 

 

 

ブー―――!

 

 

あたしはまた鼻血を出しそうになった。

 

 

 

ん?ちょっと待った!何か色々誤解してるみたいだけど。

 

 

 

「叔父貴、別にあたしはメガネの裸にゃ興味がねぇんだよ」

 

 

あたしは真っ赤になりながら怒鳴った。

 

 

 

 

 

P.178


 

 

そりゃ叔父貴の裸は興味があるけど…って……

 

 

キャ~~~!!

 

 

あたしったら破廉恥なっ!!!

 

 

ってそう言う意味じゃねぇ。

 

 

別に覗き見してたわけじゃねぇっての!

 

 

風呂から上がって、一人ベッドに入るとあたしはもんもんと考え事をしていた。

 

 

「だーーー!もぉっ!!」

 

 

苛々してあたしは布団を蹴飛ばした。

 

 

そのまま飛び上がると、部屋を飛び出た。

 

 

メガネの部屋は一階の庭に面する縁側の前だ。

 

 

以前…………母さんが使っていた部屋…

 

 

あの部屋から見える桜は見事なものだった。

 

 

今はその部屋で叔父貴が休んでいる。

 

 

好きだった人の部屋で、叔父貴は独り……

 

 

眠れるのだろうか。

 

 

あの想い出の詰まった場所で。

 

 

眠れるだろうか…

 

 

 

大好きだった人の温もりを、香りを感じながら…

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えながらあたしはおずおずと部屋の襖に手をかけた。

 

 

 

P.179


 

「誰だ!」

 

 

中から突如襖が開いて、あたしは思わず一歩後退した。

 

 

「……朔羅?」

 

 

叔父貴がびっくりしたように目を開いている。

 

 

「あ、ごめん。起こしちまった?」

 

 

あたしは躊躇いながらも聞いた。

 

 

「いや。まだ寝てねぇよ。どした?」

 

 

「ん……ちょっとね…」

 

 

あたしは俯いた。

 

 

さっきの風呂は別に覗いたわけじゃねぇよ。そう言いたかったけど言葉は出てこなかった。

 

 

ずっともんもんと考え込んでたことなのに、いざ叔父貴を前にすると誤解を解くどころか、言葉も浮かんでこない。

 

 

「何だ?独りで寂しくなったか?」

 

 

あたしは俯いたまま、答えられず口を噤んだ。

 

 

すると叔父貴は何かに納得したかのように、手をぽんと打った。

 

 

 

 

 

「……あ、そうか…。あれだ。夜這いに来たんだな?」

 

 

 

 

よ、夜這い―――!!!

 

 

 

P.180


 

「そ、そんなことっ…」

 

 

してぇよ。

 

 

あたしは顔を赤くして思わず顔を背けた。

 

 

「ははっ、冗談だ。まぁ入れよ。そこじゃ風邪引くぞ?」

 

 

「もう六月だ。風邪なんて引かねぇよ」

 

 

あたしは何だか気恥ずかしくなってそっけなく答えた。

 

 

「女の子は体を冷やしちゃいけない。入れよ」

 

 

叔父貴はあたしの腕を取ると、いささか強引と思われる力であたしを引っ張った。

 

 

「わっ」

 

 

声を上げて、叔父貴の胸の中に収まる。

 

 

きれいな筋肉のついた厚い胸板。

 

 

叔父貴の体温が、叔父貴の鼓動が……間近で感じる。

 

 

叔父貴はあたしの背中に腕を回すと、きゅっとあたしを抱きしめた。

 

 

ドキっ

 

 

あたしの心臓が大きく跳ね上がった。

 

 

「お、叔父貴…あのさっ」

 

 

緊張し過ぎて声が引っくり返った。

 

 

わぁ!かっこわりぃ。

 

 

でも叔父貴は気にしてない様子だ。

 

 

叔父貴は……この通りの見てくれだし、きっともてるだろう。

 

 

今までこうやって叔父貴に抱きしめられた女は一体どれぐらいいるんだろう。

 

 

あたしなんてまだ子供で、きっとカウントされやしないだろう。

 

 

そんなことを考えると、急に悲しくなってきた。

 

 

「お、叔父貴…苦しい」

 

 

あたしは言い訳すると、叔父貴をそっと押しやった。

 

 

 

P.181


 

「ああ、悪りいな」

 

 

叔父貴はそう謝りながら、そっとあたしを離した。

 

 

離れがたかった。まだ抱きしめられていたかった。

 

 

変だあたし。叔父貴の周りにいる女たちに嫉妬してるくせに、同じように叔父貴に女としてみて欲しいと願うなんて…

 

 

矛盾だらけで、どうかしてる。

 

 

「やっぱり戒の言った通りだ。元気がないな」

 

 

「……へ?」

 

 

「あいついきなり会社に来て、俺を無理やり引っ張ってきたんだ。お前が元気がないからどうにかしてくれって」

 

 

メガネ……

 

 

あいつ、思ったほど悪い奴じゃないな…

 

 

自分だって叔父貴を好きなくせに。

 

 

ライバルのあたしを元気付けるなんて、むしろ変。

 

 

「そうだ。お前に土産があるんだ。渡すのを忘れてたよ」

 

 

そう言って叔父貴は枕元に置いた紙袋を手繰り寄せた。

 

 

ってか、布団が一組敷いてあって、あたしは今更のように意識した。

 

 

まぁ時間も時間だし、寝るために準備したんだろうけど……

 

 

なんか……ヤラシイな。

 

 

「夜這いか?」

 

 

叔父貴の言葉が蘇ってあたしは赤面した。

 

 

 

「ほら。朔羅。お前に土産だ。気に入るといいがな」

 

 

そう言われてあたしははっとなった。

 

 

 

P.182


 

叔父貴から手渡された紙袋を開けてみる。

 

 

「何だろ」

 

 

意識してたことを勘ぐられたくなくて、あたしは妙にハイテンションでわくわくしながらごそごそと中を探った。

 

 

町のショッピングモールのロゴが入った紙袋だった。

 

 

紙袋の中から白いフワフワしたものが出てくる。

 

 

「あざらしの赤ちゃん…」

 

 

あたしはぬいぐるみを取り出すとまじまじと見た。

 

 

白い丸っこい胴体に、丸い目があってその上にちょこんと眉が乗ってる。

 

 

「可愛い!☆」

 

 

あたしは思わずそのぬいぐるみを抱きしめた。

 

 

叔父貴が!叔父貴があたしのために、こんな可愛いぬいぐるみを!!

 

 

「それ、戒が選んだんだ。お前にそっくりだって」

 

 

叔父貴は畳にあぐらをかきながらのんびりと言った。

 

 

ガクリ…

 

 

選んだの、メガネかよ。

 

 

「本当は俺が選びたかったんだが、お前が好みそうなものが分からなくて…と言うか今日日の女子高生がどんなものだったら喜ぶのか分からなくてな…」

 

 

叔父貴は恥ずかしそうに顔を赤らめると、顔を背ける。

 

 

きっと……

 

 

メガネと二人で一生懸命選んでくれたんだよな。

 

 

こんなぬいぐるみが売ってるファンシーショップに出向くのに、叔父貴がどれだけ恥ずかしかったか…

 

 

あたしはちょっと想像してみた。

 

 

あたしのために一生懸命ぬいぐるみを選ぶ叔父貴とメガネ。

 

 

想像して顔を綻ばせた。

 

 

 

 

それだけで十分だよ。

 

 

それだけで…

 

 

あたしはぬいぐるみを強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

P.183


 

「はじめまして♪朔羅だよ~」

 

 

そう言ってアザラシに挨拶のチューをかました。

 

 

「な……!」

 

 

叔父貴が目を開いて、あたしを見る。

 

 

「へ?」

 

 

「……いや。何でもない」

 

 

そっけなく言うと叔父貴は顔を逸らした。

 

 

叔父貴……

 

 

あたしはちょっと吹き出して笑った。

 

 

「な!何がおかしい!!」

 

 

「アザラシに妬きもち?」

 

 

「ち!違うっ!!」

 

 

「叔父貴って可愛い☆はい!叔父貴にも挨拶のチュー」

 

 

あたしはアザラシを叔父貴の口元に近づけて、チュッとキスさせた。

 

 

叔父貴はちょっと驚いたように目をぱちぱちさせてたけど、ふっと柔らかい笑みを浮かべる。

 

 

「朔羅……一緒に寝るか?」

 

 

叔父貴は布団をめくった。

 

 

 

 

はぁ―――!!?

 

 

「い!いいっ!!あたし自分の部屋あるし。それにここには組のもんがみんないるし」

 

 

「細かいことを気にするな」

 

 

叔父貴は布団に入ると、掛け布団をめくって、自分の隣をぽんぽんと叩いた。

 

 

そこへ来いってか…?

 

 

叔父貴はあたしを見てにこにこしてる。

 

 

う゛

 

 

そりゃ、大好きな叔父貴と一緒に寝たいけど…寝たいけど…寝たいけど……………

 

 

 

一緒に寝る!!

 

 

 

 

 

 

 

 

P.184


 

あたしが大人しく布団に入ると、叔父貴はあたしの首の下に腕を入れてきた。

 

 

わぁ!!う!腕枕だぁーーー!!

 

 

き、緊張しちゃう。

 

 

そんなあたしの心情を知ってか知らずか叔父貴はマイペースに口を開いた。

 

 

「この前、目が覚めたら朔羅がいなくて寂しかったんだぞ?」

 

 

「え?いやぁこないだは叔父貴疲れてそうだったし、起こすの悪りいかなーって思って…」

 

 

あたしは口の中でもごもごと言い訳した。

 

 

くすっと笑われて、叔父貴があたしを引き寄せる。

 

 

ぎゅっと、胸に抱かれてドキドキした。

 

 

「今日は離れて行かないでくれよ?朝目が覚めて、隣に朔羅がいると俺は一日幸せなんだ」

 

 

「あ!あたしもっ!!」

 

 

目が覚めて叔父貴が隣に居たら、あたしはその先何十年と幸せ。

 

 

何十年と長生きできる。

 

 

単純だと思われるかもしれねぇが、それぐらい嬉しいことで…

 

 

好きな人と一緒に居られることが、こんなにも胸を熱くして、こんなにも幸せな気分になるんだってことを…改めて思えるから。

 

 

「叔父貴……」

 

 

あたしは叔父貴の胸の中でもぞもぞ身動きすると叔父貴を見上げた。

 

 

「んー……?」

 

 

叔父貴は眠そうに答えた。

 

 

「ずっと……ずっと朔羅の近くに居てね?」

 

 

 

叔父貴は何も答えなかった。

 

 

その代わり、あたしの肩に回した手により一層力が入ったように思えた。

 

 

まるで離れていかないよう…放さないよう…

 

 

しっかりと繋ぎとめるみたいに―――

 

 

 

 

 

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