。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

*戒Side*

 

 

 

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バタバタバタッ

 

 

 

猛ダッシュでどこかへ駆け抜けていく朔羅の後姿を“俺”は見送った。

 

 

クスっ

 

 

思わず笑みがこぼれる。

 

 

あんなに必死になっちゃって。可愛いな。

 

 

 

ま、行き先は分かるけどね。

 

 

俺はのんびりと歩き出した。

 

 

 

 

 

「なぁ、さっき保健室に入っていったのって龍崎 朔羅じゃね?」

 

 

「やっぱり!?俺ホンモノ初めて見た!!」

 

 

「マジ可愛い!付き合いて~、てかヤりたい」

 

 

「な、ちょっと保健室覗きにいかね?もしかして寝てるかも」

 

 

「う~イイネ♪寝顔、そそられるよな」

 

 

バカ男共二人組がクダラナイ会話で盛り上がってる。

 

 

俺は腕を組んで保健室の扉に足をついた。

 

 

「あ?何だよ。お前」

 

 

二人組みの一人が俺を睨む。

 

 

 

 

ホント、どこまでもバカ。

 

 

 

 

 

 

P.65


 

 

 

「……よ」

 

 

俺の言葉が聞こえなかったらしい。わざとらしく耳に手を当てると、笑いながら聞いてきた。

 

 

「は?聞こえね~よ」

 

 

ケラケラと下品な笑い声が廊下に響いた。

 

 

ここ、結構声響くな。

 

 

俺様の美声が誰かに聞かれなきゃいいんだけど。

 

 

 

 

 

「失せろって言ってるんだよ。このバカ共が」

 

 

 

 

 

俺は男共を一瞥すると、思った以上の反応を見せてくれた。

 

 

男共は顔色をさーっと変えて、回れ右して走り去っていく。

 

 

 

 

 

チッ

 

 

 

 

 

「口ほどでもねー奴ら」

 

 

 

つまんねぇな、とぼやいて俺は保健室の扉を開けた。

 

 

 

P.66


 

白で統一された棚やカーテン。

 

 

消毒液の匂い。

 

 

保健室ってのは、どこでも似たような風景なんだな。

 

 

美人の保健医でもいりゃ通う気にもなるけど、ここの保健医はむさっくるしいおっさんだった。

 

 

当分、保健室のお世話にはなりたくねぇ。

 

 

 

「朔羅さん?」

 

 

よそ行きの声で、俺は彼女に呼びかけた。

 

 

返事がない。

 

 

部屋の半分はベッドスペースになっていて、白いカーテンがかかっている。

 

 

寝てんのかな。

 

 

「朔羅さん……」

 

 

俺は無遠慮にカーテンを開けた。

 

 

そしてちょっとだけ息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

P.67


 

 

 

布団に顔を埋めながら、枕を抱えて朔羅が眠っていた。

 

 

そのあまりにも無防備な寝顔に、思わずあっけにとられた。

 

 

おいおい、いいのかよ。

 

 

仮にも龍崎組のお嬢だぜ?

 

 

と思いながらも、俺はベッドの端に腰掛けた。

 

 

 

開け放ったままの窓からどこからか桜の花びらが舞いこんできて、ベッドや掛け布団、朔羅の白い肌や柔らかそうな髪にところどころ散っている。

 

 

 

きれいだった。

 

 

 

まるで作り物のように。完成されたそれは、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

栗色の長いふわふわした髪。

 

 

雪みたいに白い肌。

 

 

桜色をした唇。

 

 

「何か……旨そう…」

 

 

言葉通りに受け取るな。

 

 

旨そうって言うのは―――つまり……そういうことだ。

 

 

 

俺は彼女の頬をそっと指でなぞった。

 

 

「……ん…」

 

 

僅かに身じろぎしたけど、起きだして来る気配はない。

 

 

長い睫がわずかに震えて、頬に影を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.68


 

 

 

俺はちょっと微笑んだ。

 

 

「写真で見るよりずっといい女」

 

 

想像してたよりずっと強くてたくましくて―――心優しい女。

 

 

 

 

 

 

 

 

「黄龍―――――俺はずっと探してた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は屈みこむと、朔羅の白い頬にそっと口付けを落とした。

 

 

朔羅の首や髪から、桜の香りがふわりと漂ってきた。

 

 

俺の大好きな香り。

 

 

 

 

 

 

「チェリーブロッサム。朔羅……か」

 

 

 

君にぴったりだな。

 

 

 

心の中で呟いて、俺はその無防備で可愛い寝顔にそっと微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

君はまだ知らない。

 

 

俺が龍崎 琢磨の養子になった理由を。

 

 

龍崎 琢磨が何を考えてるのかも。

 

 

 

知ってしまったら君はきっと傷つく。

 

 

 

 

深く―――深く……もしかしたら、浮上できないほどの傷を負うかもしれない。

 

 

 

 

だけど願わずにはいられない。

 

 

 

朔羅が、どうか幸せになりますように、と。

 

 

 

 

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