。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

死体!?

 

 

 

 

 

いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしは庭に埋められた大きな桜の木の根元に横たわった男を見下ろした。

 

 

桜の花びらがひらひらと宙を舞ってる。

 

 

ひらひら……

 

 

地面はピンクの絨毯が敷かれたようになってる。

 

 

その上に、男が一人おなかの辺りで手を組んで横たわっていたのだ。

 

 

 

 

思わず見惚れてしまうほどきれいな顔をした……あたしとまだ同じぐらいの年頃の男だ。

 

 

あたしと同じ高校の制服を着てる。

 

 

こんなヤツいたっけ?

 

 

 

 

 

 

……って、そんなこと考えてる場合じゃなーーーい!!!

 

 

 

 

 

ちょっとどういうことだよ!?

 

 

あたしは慌ててしゃがみこむと、男の頬にそっと手を触れた。

 

 

長い睫が頬に影を落としていた。

 

 

 

 

冷たい……

 

 

 

サーーーっと血の気が失せていく。

 

 

 

 

じ……冗談じゃねぇっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

P.1


 

「お嬢!おはようございます。お勤め(ガッコ)の時間じゃ?」

 

 

縁側を通りかかった、政義(マサヨシ)もといマサがあたしに声を掛ける。

 

 

あたしはぐりんと振り向くと、顔を青くしてマサに飛びついた。

 

 

 

「おい!マサぁ!!!あれほどバラしたら、ちゃんと始末しとけって言っただろ!?」

 

 

あたしがマサの胸座を勢いよく掴んだので、首を絞められたマサは苦しそうに咳き込んだ。

 

 

「は?バラすって…俺らは殺しはやってませんよ!!」

 

 

「じゃぁあの死体は何なんだよ!?」

 

 

「死体?どこに?」

 

 

マサはあたしの頭の上からきょろきょろと辺りを見渡した。

 

 

「あのぅ…お嬢、死体なんてどこにもありやせんが…」

 

 

「はぁ!?お前の目ん玉は腐ってんのか?」

 

 

「いえ…ホントに」

 

 

「あたしはこの目で見たんだよ!桜の下に死体が転がってるのを」

 

 

あたしは振り向いて、桜の下を指差した。

 

 

 

 

「ほら!!確かにあるだろ…?ある…」

 

 

 

筈だった。

 

 

 

 

だけど、さっき見た死体は跡形もなくきれいに消えてたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.2


 

あたしはポカンと口を開けて、桜の木を見た。

 

 

「お嬢の見間違いじゃありやせんか?それとも夢か…」

 

 

見間違い?夢?

 

 

そうかもしんねぇ。

 

 

いつかやらかすんじゃないか、と思ってはらはらしてたからその不安が幻影を見せたのか。

 

 

 

「あたしが白昼夢でも見たって言いたいんかい!」

 

 

あたしは八つ当たりでマサの胸座を掴んで強く揺すった。

 

 

「お嬢!もうお勤めの時間でっせ?いつまでマサさんとじゃれてるんすか」

 

 

廊下の曲がり角から、拓也ことタクがひょいと顔を出す。

 

 

あたしはマサの胸座から手を離すと、二人をきっと睨んだ。

 

 

 

 

 

「てめぇら!お嬢って呼び方止めろって前から言ってんだろ!!

 

 

 

それから学校のことを“お勤め”って言うな!!!」

 

 

 

 

「「へい!すいやせんでした」」

 

 

マサとタクが慌ててひょいと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

読者のみなさんはそろそろお気づきかと思うが、あたしんちはヤクザ。

 

 

それも関東一帯の組を統べる青龍会4代目当主は、あたしの叔父貴でもある。

 

 

 

 

ちなみに3代目当主はあたしの親父だ。

 

 

 

母親と親父亡き今、一人娘のあたしはこの青龍会の構成員たちに、大切に育てられている。

 

 

 

 

と、言いたいところだけど、幼い頃から血の気の多い野郎共に囲まれて育ってしまったためか、こんな男勝りに育ってしまったあたし。

 

 

 

こんなんじゃ、好きな人にも見向きされねぇ。

 

 

 

ってのが、今のところの悩みでもある16歳、高校二年生だ。

 

 

 

 

 

 

 

P.3


 

 

――――

 

――

 

 

 

 

「朔羅(サクラ)~♪」

 

 

 

 

桜並木の下をのんびり歩いていると、校舎の方から親友の川上 理子(カワカミ リコ)が手を振りながら走ってきた。

 

 

「朔羅おは♪」

 

 

「おはよ~リコ」

 

 

あたしは満面の笑みで答えた。

 

 

「朔羅クラス分け見た?あたしたち一緒だよぉ」

 

 

リコが嬉しそうに飛び跳ねて、あたしに抱きついてきた。

 

 

「ホント?うれし~」

 

 

さっきの勢いはどこへやら。あたしはあの勢いをしまいこんでいつもの笑顔で答えた。

 

 

 

 

あたしの本性を知ってる人間はごく僅か。

 

 

 

たとえ親友だろうと

 

 

 

 

 

知られちゃなれねぇ。

 

 

 

 

「朔羅おはよ~♪俺たち同じクラスだよ」

 

 

リコに乗じて、あたしに抱きついてきたのは、

 

 

去年も同じクラスの一ノ瀬 千里(イチノセ センリ)♂だった。

 

 

 

 

P.4


 

「てめっ!!何調子乗って抱きついてきてんだよ!」

 

 

あたしは小声で言うと千里を睨み上げた。

 

 

「だって嬉しかったんだもん」

 

 

千里は小さいころから良く知ってる……いわゆる腐れ縁って仲だ。

 

 

 

「もうっ。ほんっとラブラブなんだからぁ」

 

 

リコは嬉しそうに手を合わせると、

 

 

「お邪魔虫は退散するわ~」

 

 

と言って、さっさと行ってしまった。

 

 

 

ちょっと待て!誰がこんなやつとラブラブなんだ。

 

 

 

と言いたかったけど、あたしはその言葉を飲み込んだ。

 

 

 

言えるわけねぇ。

 

 

 

 

あたしは桜が舞い散る学校の歩道を千里と肩を並べて歩くことになった。

 

 

「千里、こないだはうちの組のもんがお前の親父に世話んなったな」

 

 

「いいってことよ♪ま、けしかけてきたのは違う組のもんだったらしいし。お前が気にするな」

 

 

あたしはちょっと笑った。

 

 

千里の親父はマル暴(暴力団対策を担当する警察内部の組織で、警察内の隠語だ)だ。

 

 

小さい頃から組のもんがパクられる度に、千里の親父が受け持ってくれていた。

 

 

うちの組のもんにもまけねぇ強面だが、あたしには優しい、いいおやっさんだ。

 

 

 

 

 

 

 

P.5


 

白い校舎の前に、掲示板が出されていて表面に大きな白い紙が貼られている。

 

 

クラス分けの一覧だった。

 

 

掲示板の前には生徒たちの塊ができていて、みんな喜んだり悲しんだり忙しそうだ。

 

 

あたしと千里はその群を掻き分けるようにして掲示板の前に辿り着いた。

 

 

「ホントだ。リコと…千里も一緒」

 

 

今年は賑やかな年になりそうだ。

 

 

ため息まじりの吐息を吐き出すと、

 

 

強い視線を感じてあたしは勢い良く顔をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

ピンク色の桜が舞い散る中、

 

 

 

男が一人制服のポケットに手を突っ込みながらこちらをじっと見てる。

 

 

 

 

 

誰……

 

 

 

柔らかそうなサラサラの髪、線が細いけど不思議に貧弱には見えない体。

 

 

直線的な線を描くチタンフレームのメガネ。

 

 

 

 

 

え―――?

 

 

 

 

 

あたしは目をみはった。

 

 

 

 

 

さっきの

 

 

 

 

 

うちの庭にいた死体男!

 

 

 

 

 

 

P.6


 

うそ!?

 

 

だって、確かに死んで……

 

 

何で死体男がここに!?

 

 

いや、あの死体男とはそもそも別人なんじゃねぇか?

 

 

 

見間違いかと思って目を擦ったけど、そいつが視界から消えることも、ぼんやりと滲むこともなかった。

 

 

足だってちゃんとある。幽霊でもないってことだ。

 

 

さっきはメガネをかけてなかったけど、確かにあの顔に間違いはない。

 

 

 

 

 

どれぐらいそうやって対峙していただろう。

 

 

 

ほとんど睨みあうように、あたしたちは見つめ合っていた。

 

 

 

やがて男が一歩、前へ踏み出す。

 

 

あたしは思わず後ずさりしていた。

 

 

男はどんどんあたしに近づいて……

 

 

 

 

近づいて

 

 

 

 

出し抜けににこっと笑った。

 

 

 

美っ!美少年じゃねぇか。

 

 

 

 

 

「職員室、どこ?」

 

 

澄んだ低い声。

 

 

 

「あ、あっち」

 

 

 

あたしはあやふやに職員室の辺りを指さした。

 

 

「ありがと」

 

 

 

男は爽やかな笑顔を振りまいて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

P.7


 

2-Aの教室。

 

 

今日からここがあたしの教室だ。

 

 

って、感傷に浸ってる場合じゃねぇ!

 

 

あの男は何もんだ?

 

 

どうしてあたしの家の庭にいたんだ!?

 

 

 

 

ぐわぁあ!分かんねぇ!!!

 

 

 

あたしが頭を抱えてると、リコが何やら嬉しそうに手を合わせてあたしの席に近づいてきた。

 

 

「ねぇねぇ、今日から転校生がくるんだって~♪それも超☆イケメンらしいよ♪」

 

 

「転校生?」

 

 

「うん。お近づきになりたいな~」

 

 

リコは楽しそうにしてる。

 

 

って、顔もまだ見てないのに、お近づきになりたいって神経があたしにはわからん。

 

 

 

大体同じ年代の男なんてみんなガキじゃねぇか。

 

 

 

 

あたしが好きな人は

 

 

 

大人で、優しくて

 

 

 

 

そして強い。

 

 

 

 

 

 

 

「鐘鳴ったぞ~、みんな席着け~」

 

 

 

新しい担任がガラリと扉を開けて、あたしは顔をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

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