。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

ケータイ!?

 

 

埋めなきゃ

 

 

秘密を―――埋めなきゃ

 

 

 

 

 

誰にも知られちゃならない秘密を

 

 

 

 

 

――誰ニモ知ラレチャナラナイ――

 

 

 

 

 

桜が舞い散るあの春の夜、あたしは懸命に土を掻き分けていた。

 

 

 

早く!

 

 

早く―――!!

 

 

 

 

何かに急き立てられるように、必死に。

 

 

見上げると、空にはピンク色に染まっていた。

 

 

 

 

 

桜は本当は白い色なのだそうだ。

 

 

桜の下には死体が埋まっていて、その血を吸い取ってこんな鮮やかな桃色をしている。

 

 

そんな逸話がある。

 

 

 

 

 

 

 

冷たい何かを頬に感じて、そのときあたしは初めて自分が泣いていることに気づいた。

 

 

 

 

『朔羅―――』

 

 

 

涙の伝った頬を優しく包み込んでくれたのは

 

 

 

 

叔父貴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.70


 

 

 

 

サクラ

 

 

 

 

そんな風に名前を呼ばないで。

 

 

 

あたしは桜が大嫌い。

 

 

 

この日、叔父貴は片割れの龍を失い

 

 

 

 

 

あたしは

 

 

 

 

 

罪と言う名の錘を背負った。

 

 

 

 

 

過去は清算されることなく、いつまでも黒い事実としてあたしの胸に刻まれてる。

 

 

 

“黄龍”を手に入れるには、あまりにも大きな代償だった。

 

 

 

 

 

あたしは視線を桜の根元に目を戻した。

 

 

下を向くと涙が止まらなさそうだったけど、上を向くことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

視線を戻してあたしは目を開いた。

 

 

 

 

 

メガネ―――

 

 

 

 

いや、龍崎 戒がその場に微笑みながら横たわっていたから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

P.71


 

 

気を許すな。

 

 

隙を作るな。

 

 

うっかりしてると、捨てたはずの過去を、埋めたはずの秘密を―――

 

 

 

誰かに掘り起こされてしまう―――

 

 

 

 

 

 

 

「……ん。朔羅さん!」

 

 

揺すられて、あたしははっと目を開けた。

 

 

目の前に心配そうに眉を寄せたメガネの顔があった。

 

 

「どうしたの?うなされてたよ」

 

 

「うなされてた?」

 

 

「うん。大丈夫?」

 

 

頭が重い。

 

 

まるで体が鉛のようだ。

 

 

起き上がることもままならないまま、あたしは手だけを額に当てた。

 

 

うっすらと汗もかいている。

 

 

「怖い夢でも見た?」

 

 

メガネはちょっと悲しそうに苦笑を漏らして、あたしを覗き込んでいる。

 

 

あたしは指の隙間から目だけを動かしてメガネを見た。

 

 

「……昔の…夢を見た」

 

 

「そう」

 

 

メガネは昔の夢が何だったのか聞かなかった。

 

 

にっこり微笑んで、あたしの頭を優しく撫でる。

 

 

 

 

気安く触るんじゃねぇよ。っていつものあたしなら思ってたけど、今はそんな余裕すらない。

 

 

 

それに

 

 

 

メガネの手はすごく優しくて、あったかかったくて

 

 

 

とても安心できたんだ。

 

 

 

 

 

 

P.72


 

顔色が悪いってメガネは心配して、そのまま保健室で眠るよう言いおいて自分は教室に帰っていった。

 

 

メガネの言う通りあたしはそのまま保健室で寝て、気づいたら下校時刻になっていた。

 

 

 

 

「よっし!!!ふっかーーーーっつ!!」

 

 

 

 

ベッドの上に立ち上がり、拳を握ってたら保健医のおっちゃんに叱られた。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで教室に戻ると、リコが飛びついてきた。

 

 

「朔羅~~~大丈夫!?」

 

 

「え、うん。もうへっき」

 

 

「生理痛だって?かわいそうに。でもあたしも重いほうだから分かるよ~」

 

 

リコがすんと鼻を鳴らして、泣きまねをした。

 

 

つか、メガネ…アイツそんな風に説明したのかよ(怒)

 

 

 

 

「お!朔羅。お前大丈夫かぁ?生理痛って…」

 

 

と千里が近寄ってきたのを眼力で止めた。

 

 

 

 

アイツ…マジで殺す!!!

 

 

 

P.73


 

ブーブー

 

 

制服のスカートでケータイが鳴った。

 

 

取り出して開くと

 

 

着信:叔父貴

 

 

となっていた。

 

 

 

 

慌てて通話ボタンを押す。

 

 

「も……もしもし?」

 

 

声がひっくりかえっちまった。みっともねぇ。

 

 

『朔羅?悪いな、まだ学校にいるだろ?』

 

 

キュ~ン!

 

 

電話を通してもいい声。

 

 

「うん、まだガッコ。でも大丈夫だよ。何かあった?」

 

 

 

『今日休みなんだ。うちに来ないか?渡したいものがあるんだ。迎えに人をやるから』

 

 

 

 

 

YES☆行きまっす♪

 

 

 

 

 

 

ぱぁっ♪

 

 

効果音をつけるとしたらまさにこうだな。

 

 

花を背負ってもいいっ。

 

 

それぐら嬉しかったんだ。

 

 

 

「迎えはいい。まだ明るいし一人で行けるよ」

 

 

嬉しすぎて声が上擦っちゃう♪

 

 

 

『じゃ、待ってる』

 

 

通話を切ってあたしは嬉しそうに顔ほころばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.74


 

「誰だよ」

 

 

千里がおもしろくなさそうに目を細めた。

 

 

「叔父貴…じゃなくて、叔父さんだよ」

 

 

「ああ!あのちょいワルでセクシーなイケメン叔父さん!!」

 

 

リコが手を合わて飛び跳ねた。

 

 

ちょいワルじゃなくて、マジワルだけど…ってこの際突っ込みはいっか。

 

 

「リコ知ってんのかよ」と千里がリコを見る。

 

 

「うん♪一度朔羅を迎えに来た事あって挨拶した~。かっこよくて大人で礼儀正しくて、声がセクシーで、背が高くてスタイルが良くて、ついでに言うと脚も長いの」

 

 

「へぇ」

 

 

千里がぶすりと無愛想に生返事を返す。

 

 

「叔父さんって元ヤンだったでしょ?ちょっと悪っぽいところがにじみ出てそこがまたかっこいいんだよね」

 

 

 

いや。

 

 

元ヤンじゃなくて、現在進行形でヤクザです。

 

 

とは言えね。

 

 

 

 

「てかお前いい加減ケータイ変えれば?ボロボロじゃん」

 

 

話題を変えるよう千里はあたしの白いケータイを覗き込んだ。

 

 

確かにあたしのケータイはもう4年も使っててあちこち剥げかけてるし、ついでに言うと電池パックのカバーがない状態。

 

 

可哀想なケータイだ。

 

 

「ん~、でもこれ気に入ってるんだよね」

 

 

叔父貴がくれたやつだし☆

 

 

「買い換えるお金も今はないし。地道に貯金して溜まったら変えるよ」

 

 

 

新しいケータイに変えれるのはまだまだ先だな。

 

 

 

 

 

 

P.75


 

メガネには適当な言い訳をして先帰ってもらって、あたしは今叔父貴の住んでる都心のタワーマンションに来ていた。

 

 

ここの最上階が叔父貴が住んでる部屋だ。

 

 

広いエントランスホールに24時間コンシェルジュが在中している。

 

 

本格的な億ションとかいう奴だ。

 

 

あたしはフロントの前を素通りすると、コンシェルジュが丁寧にあたしに頭を下げる。

 

 

あたしみたいな女子高生にまで気を遣って、大変な仕事だぜ。

 

 

9桁あるキーパッドで部屋番号を押すと、叔父貴の部屋に繋がるという仕組みだ。

 

 

『上がっておいで』

 

 

叔父貴はあたしが何も言わないうちに、それだけ言った。

 

 

優しい低い声。

 

 

 

 

 

く~~~大好きだっっっ!!

 

 

 

 

4台あるエレベーターの一つが降りてきて、中から若い男が降り立った。

 

 

あたしが気づくより先に、そいつが口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「お嬢?会長に御用ですか?相変わらず仲がよろしいですね」

 

 

 

 

 

 

 

P.76


 

濃いグレーのスリムスーツはオーダーメイドだろう。いかにも高級そうだ。

 

 

髪もきっちりセットしてあり、上品な佇まい。

 

 

歳は叔父貴よりちょっと上ぐらいだろうか。三十路前って感じだな。

 

 

「鴇田(トキタ)」

 

 

あたしは顔を上げた。

 

 

叔父貴の会社で、経理部を統括している常務取締り役兼秘書的な仕事をしている男だ。

 

 

もちろんその筋のもんで、青龍会の傘下、鴇田組の組長を兼任している。

 

 

鴇田は叔父貴から厚い信用を得ているようで、叔父貴が会社を立ち上げたときから、この役職を約束されていた。

 

 

 

マネーロンダリング

 

 

 

資金洗浄―――犯罪によって得られた収益金の出所などを隠蔽して、一般市場で使っても身元がばれないようにする行為

 

 

こいつはそれをする言わば青龍会の金庫番とも言える男だ。

 

 

あたしはこいつを蛇田(ヘビタ)と影で呼んでる。

 

 

切れ長の鋭い目は、威嚇するときの蛇そっくりだから。

 

 

鴇なんてきれいな鳥の名前なんて、こいつにはもったいねぇ。

 

 

 

 

 

それに……こいつは何かいけすかねぇ。

 

 

何考えてるのかさっぱりだし、そのくせ野心だけは持っていそうで正直……

 

 

 

 

 

怖い。

 

 

 

 

“あの男”とかぶるところがある。

 

 

蛇田を見ると“あの男”のことをいやおうでもなく思い出す。

 

 

 

 

さっき見た夢のせいかな。

 

 

 

 

封印したはずの過去を―――記憶を……呼び起こされる。

 

 

 

 

 

P.77


 

挨拶もそこそこに蛇田と別れると、あたしは急いで叔父貴の待つ最上階へと足を運んだ。

 

 

早く会いたいからってもちろんそれもあるけど、

 

 

それ以外の何かから逃げるように

 

 

「大丈夫、俺がいる」

 

 

そう言ってもらって安心できるように、あたしはひたすら走った。

 

 

 

インターホンを押すと、すぐに叔父貴が扉を開けてくれた。

 

 

「朔羅。早かったな」

 

 

顔を出した叔父貴は

 

 

風呂あがりなのか、しっとりと髪が濡れていて裸の上半身に首にタオルがかかっていた。

 

 

 

 

 

 

ブ―――!!!

 

 

 

 

またもゃ鼻血を出すところだった。

 

 

「ふ、風呂あがり??」

 

 

鼻を押さえて、玄関ホールに足を踏み入れる。

 

 

「ああ。昨日会社に泊まりこみで、さっき帰ってきたばかりなんだ」

 

 

叔父貴はあたしにくるりと背を向けて、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

叔父貴の広い背中には一匹の龍が鮮やかに描かれてる。

 

 

 

和彫りの刺青で、雄雄しく口を開いた龍のアップがあり、その下に長々と続く胴体がくねくねと美しいカーブを描いていた。

 

 

その所々に淡いピンク色をした桜の花が散っている。

 

 

 

 

 

美しい青龍の紋―――

 

 

 

 

叔父貴だけが背負える唯一無二の彫り物だ。

 

 

 

 

 

 

 

P.78


 

「悪いな。急に呼び出して」

 

 

叔父貴は振り返ると、あたしに小さく詫びた。

 

 

「いいって。あたしも来たかったし」

 

 

なんて言ってしまった。

 

 

思わず顔を赤くすると叔父貴はちょっとだけニヒルに微笑んだ。

 

 

 

 

ギュ~~~ン!!

 

 

 

心臓が変な音を立てて縮こまった。

 

 

 

 

それにしても……

 

 

相変わらず広くてきれいな部屋。

 

 

入ってすぐから奥まで落ち着いた茶色のカーペットが敷き詰められた廊下が続いている。

 

 

左手に20畳程のリビングとダイニングキッチンがあり、突き当たりがバスルームとパウダールーム、トイレ、さらに右を向くと叔父貴の書斎と、寝室という造りだ。

 

 

独り暮らしには少々広すぎる部屋だと思う。

 

 

それとも、叔父貴はあたし以外の誰か女を招き入れることがあるのだろうか……

 

 

考えて虚しくなってきた。

 

 

叔父貴はあの通りの見てくれだし、もてないってことは絶対ない。

 

 

狙ってる女だって大勢いる筈だ。

 

 

それでも、叔父貴から「おいで」と言われると特別な存在になった気がする。

 

 

 

 

 

P.79


 

そういやあいつはここに来たことあるのかな?

 

 

「なぁ叔父貴」

 

 

あたしは前を歩く叔父貴に話しかけた。

 

 

「あいつ…メガネってここに来ることあるの?」

 

 

「メガネ?」

 

 

叔父貴は目を細めてちょっと考えるように小首を傾げた。

 

 

「あーっと、あいつだよ。ホタテだか、アサリだとか言う名前の」

 

 

「―――ぁあ、戒のことか?」

 

 

頭の中で神経回路が繋がったという感じで叔父貴は手を打った。そして口の中で「ホタテって」と言い小さく笑った。

 

 

「そう!あの貝がら野郎!あいつ…叔父貴に何かしてねぇか!?」

 

 

昨夜の会話を思い出す。

 

 

 

 

 

「僕が興味あるのは琢磨さんだけだよ」

 

 

 

 

恥じることなくあいつはしれっと言いやがった。

 

 

「何かって……?」

 

 

叔父貴が怪訝そうに眉間に皺を寄せる。

 

 

そ!そんなことあたしの口から言えるかぁ!!

 

 

すると叔父貴は眉間の皺を取り去り、ふっと笑った。

 

 

「戒がお前に何か言ったか?だったら気にするな。お前をからかって遊んでるだけだ」

 

 

からかって……?

 

 

そんな風には見えなかったけど。

 

 

あいつ、叔父貴には何も伝えてないんだな。

 

 

 

 

叔父貴もメガネの気持ちに気づいていないようだ。

 

 

 

そのことにちょっとほっと安堵する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.80


 

広いリビングに通されて、大きな革張りのソファに腰掛けるよう勧められた。

 

 

「ケーキあるんだ。食うか?お前の好きないちごタルトだぞ」

 

 

にこにこ言って、叔父貴はケーキの箱を掲げた。

 

 

「ケーキ!食う」

 

 

「さっき鴇田に買いに行かせたんだ。お前の好きなラ・プレーリーのケーキだぞ」

 

 

あぁ……それでさっき下に蛇田が居たんだ。

 

 

あいつ、叔父貴の秘書じゃなくて、執事みてぇだな。

 

 

どのみち忠実な僕(シモベ)に過ぎないんだけど。

 

 

叔父貴はケーキを食べる代わりに、タバコを一本取り出し火をつけた。

 

 

タバコは好きじゃねぇけど、タバコを吸う姿も様になってる叔父貴にうっとり。

 

 

そんなことを思いつつも、出されたケーキを一口。

 

 

「うっまい☆」

 

 

思わず口元が緩む。

 

 

 

「喜んでもらって良かったよ。そうそう、お前に渡したいものがあったんだ」

 

 

そう言って、立派なサイドボードの引き出しからきれいに包装された箱を取り出す。

 

 

「朔羅に」

 

 

優しく微笑んで、あたしに手渡してくれる。

 

 

「え?あたしに……?」

 

 

ドキンっとした。

 

 

色んな意味で。だって箱を開けたらチャカ(拳銃)とか普通にありそうだったし。

 

 

もちろん、そんなこと今までに一度もないけど。

 

 

それほど危険人物なんだよなぁ。あたしには優しいけど。

 

 

 

 

 

バリバリッ

 

 

 

あたしはケーキをそっちのけで、包装紙をアメリカチックに破いた。

 

 

「相変わらず、豪快だな」叔父貴が思わず失笑する。

 

 

しまった!もっと乙女チックにきれいに開ければ良かった!

 

 

って言っても今更ぶりっ子のキャラを演じれないし。

 

 

ま。いっか。

 

 

叔父貴が楽しそうだから。

 

 

白い箱が出てきて蓋を開けると―――

 

 

 

 

 

 

 

 

ケータイだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.81


 

「……ケータイ?」

 

 

それもパステルピンク色でわずかにパールがかってる、女の子みたいなケータイ。

 

 

それもあたしが欲しかった機種の欲しかった色だ。

 

 

「うっそ……」

 

 

あたしは箱の中に収まっているケータイを凝視して、口元を押さえた。

 

 

「朔羅欲しがってただろ?」

 

 

「……うん。でもあたし叔父貴にこれが欲しいって言ったっけ?」

 

 

「いや。マサに聞いた。さりげなくリサーチしてもらったんだ」

 

 

そいやぁ、1ヶ月ぐらい前からマサが山ほどケータイのカタログを用意して、何故かあたしに見せてたっけ。

 

 

買う金もないし、そのつもりもなかったから、一番気に入った一番高い奴を指さしたのを覚えてる。

 

 

いつかこんな女の子みたいなケータイが似合う女になりてぇな、って思って。

 

 

 

 

 

 

サプライズッ!!!!

 

 

 

 

 

「嬉しい」

 

 

あたしは箱ごと胸にぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

「俺は本当は朔羅にもっと色々買ってやりたいんだ。お前が望むもの、お前が望むこと。何でも叶えてやりたい。でもお前はあんまり欲がないから」

 

 

ははっと叔父貴は乾いた笑いを漏らした。

 

 

 

 

嬉しかった。そう言ってもらえるのは。

 

 

 

 

だけどあたしが望むものはたった一つ。

 

 

 

 

 

 

叔父貴の“心”だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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