。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

喧嘩!?

 

あたしが飛び上がらんばかりにびっくりして目を丸めてたからかな。

 

 

「気づいてなかったの?」

 

 

メガネが苦笑を漏らした。

 

 

言葉の端にちょっと棘を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

「琢磨さんの仕業かぁ。俺の所有物だって主張してるみたい」

 

 

 

 

メガネが目を細めた。

 

 

メガネの奥の瞳の中に小さな鋭い光が宿っている。

 

 

 

 

また……だ。

 

 

 

この目。前にも見たことがある。

 

 

 

 

それに所有物って……

 

 

「そんなんじゃねぇよ」

 

 

あたしはメガネの手を乱暴に払うと、ぷいと顔を背けた。

 

 

叔父貴はたぶんそんなつもりでキスマークをつけたんじゃない。

 

 

そんなこと分かりきってる。

 

 

分かりきってるからこそ、心の中のもやもやが増長していく。

 

 

 

 

 

 

「前から思ってたけど、二人仲良いよね。ちょっと異常なぐらい」

 

 

 

 

メガネの口調はあくまで優しかったけど、どこか淡々としてる。

 

 

どこか冷たい。

 

 

 

何か棘を感じる。

 

 

 

 

 

 

P.114


 

「普通だろ?」

 

 

「普通の親戚同士だったら、こんなことしない」

 

 

決して強い口調ではないのに、どこか威圧される。

 

 

何なんだ……こいつは…。

 

 

 

 

 

 

「二人は付き合ってるの?恋人同士?」

 

 

 

 

 

あたしは思わずメガネを睨み上げた。

 

 

そうだったらいいな、って思ったことは何度あったか。

 

 

「違げぇって言ってんだろ!!」

 

 

ダメだ

 

 

あたし、苛々してる。

 

 

こんなの八つ当たりなのに、止まらない。

 

 

だけどメガネも止まらない。

 

 

「だったら、何で許すのさ」

 

 

「許す、許さねぇって問題なのかよ!」

 

 

「そうだよ。朔羅さんは一途に琢磨さんのことを想ってたように見えたから、もっと身持ちが固いと思ってたよ」

 

 

さも幻滅だと言わんばかりに、メガネは大仰にため息を吐いた。

 

 

「あたしが軽いって言いたいのかよ!!」

 

 

思わずずいと一歩踏み出して、メガネを睨み上げた。

 

 

 

 

 

メガネは目を逸らすことなくあたしをまっすぐに見返してきた。

 

 

 

 

 

「違うよ。もっと自分を大事にしたら?って言いたいだけ」

 

 

 

 

 

 

あたしは肘を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

P.115


 

 

 

ダンッ!!

 

 

 

メガネの頭が木の柱に打ち付けられる。

 

 

メガネは驚いたように、ちょっと顔を歪めた。

 

 

あたしは今、メガネの首を腕で押さえている。

 

 

あたしには、自分よりでかい人間の首を絞めることなんて容易いことだ。

 

 

大抵の人間はこれをやられると、ビビるか恐れおののいて逃げ出してしまう。

 

 

 

 

 

 

「ごちゃごちゃうっせーよ。死にてぇのか。てめぇは」

 

 

 

 

凄みを利かせて言うと、腕により一層力を込めて、ぐいと引き上げるとメガネは苦しそうに咳き込んだ。

 

 

「僕は……朔羅さんの気持ちが……理解できない」

 

 

それでもメガネはビビったり逃げ出そうとはせず、ただまっすぐにあたしを見てくる。

 

 

澄んだ茶色の瞳があたしを捉えてる。

 

 

 

まっすぐに。

 

 

そうやってどれぐらい睨み合ってただろう。

 

 

 

 

 

 

「お嬢、物音がしたから、帰ってたんですか……」

 

 

 

とふいにどこかの襖が開く音がして、場違いなほど明るい声を出してマサがひょっこり顔を覗かせた。

 

 

だがすぐにあたしとメガネを見ると顔色をさっと変えた。

 

 

「お、お嬢……?どうされたんですか?」

 

 

「ちっ」

 

 

あたしは小さく舌打ちをして、メガネを絞めてる腕を下ろした。

 

 

ようやく開放されたメガネは激しく咳き込んで首元を押さえていた。

 

 

 

P.116


 

「どうもしねぇよ。風呂入って寝る」

 

 

あたしはそっけなく言うと、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

久しぶりに―――本気でイラっときた。

 

 

 

本気で力を入れた。いや……まだ本気じゃねぇな。

 

 

本気だったら、メガネの首の骨を折ることぐらいあたしに簡単だ。

 

 

ほっそい首。力を入れたら簡単に折れそうな……

 

 

でも……それはしなかった。

 

 

ほんの脅しのつもりだったから?

 

 

それとも叔父貴の大事な預かり者だから?

 

 

 

 

 

いや違うな。

 

 

 

 

 

メガネの言葉があまりにも的を射ていて、間違いを気づかされたからだ。

 

 

 

でも……

 

 

 

「あたしは尻軽女じゃねぇ。畜生」

 

 

 

部屋で一人膝を抱えて、呟いた声は弱々しく虚しいものだった。

 

 

 

 

 

 

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次の日、いつもより一時間も早く起きて支度をすると、逃げるようにあたしは家を出た。

 

 

昨日のメガネとの言い合いの原因や理由をマサは聞きたそうにしてたけど、あたしはそれを無視した。

 

 

なんかなぁ。

 

 

自分ちなのに、最近逃げてばっかだ。

 

 

 

 

 

だけど。

 

 

教室に入ると嫌でもメガネに会っちまう

 

 

しかも、前の席だし。

 

 

メガネが登校してきて、あたしの前の席に座ろうとして遠慮がちにこっちを見た。

 

 

何か言いたそうに口を開きかけたけど、

 

 

あたしはリコの元へ逃げた。

 

 

何か今喋るとまた喧嘩になりそうだったから。

 

 

休み時間も、放課後も、帰宅するときも家でも、あたしはメガネを避けて、なるべく顔を見ないようにしていた。

 

 

 

 

 

 

そんなことが続いて一週間がたった。

 

 

一週間―――

 

 

 

 

 

 

庭の桜の花はもう散ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

相変わらずあたしはメガネを避け続けていたし、家でも野郎どもがそのことを不思議に思っているのか、しきりに何か聞き出そうとしてくる。

 

 

マサに至っては

 

 

「お嬢、メガネの野郎と喧嘩でもしたんですか?」なんてこそこそ話しかけてくる次第だ。

 

 

「うっせぇ。何もねぇよ」

 

 

一度あたしがそう言い返したらそれきり何も言わなくなったけど。

 

 

 

 

最近、存在すら忘れかけていたキモ金髪野郎もまたしつこく言い寄ってくるし、

 

 

大好きな叔父貴はあれ以来連絡寄越さない。

 

 

まぁ、元々放任主義なところはあったけど。

 

 

 

それでもやっぱりちょっと寂しい。

 

 

 

 

桜が見たいな。

 

 

叔父貴の部屋のジオラマだったら、一年中見れる。

 

 

 

 

叔父貴ともう一度桜を眺めたい……

 

 

 

そしたら心のもやもやも全部消せる気がしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.118


 

「朔羅~、最近元気ないね。どしたの?」

 

 

休み時間になっていつものとおりリコがあたしの席に来る。

 

 

千里も一緒だ。

 

 

「……え?そう見える?別に元気ないことないんだけどなぁ」

 

 

あたしは曖昧にごまかした。

 

 

メガネと喧嘩してるなんて言えない。

 

 

リコには……ううん、千里も含めてあたしはたくさんの人たちにたくさん嘘を着いている。

 

 

 

 

 

「なぁ、龍崎と何かあったの?」

 

 

どこかに行ってしまって空席になってるメガネの席に座って千里が突然言った。

 

 

「はぁ!?何にもないよ。ってか、そこまで親しくないしっ」

 

 

あたしは慌てて手を振った。

 

 

う゛!千里、おめぇ何でそんな鋭いんだよ。

 

 

いつもメガネと負けず劣らずぼーっとしてるのにっ!!

 

 

「千里、何でそう思うのよ?」

 

 

リコが腕組みをして千里をちょっと睨む。

 

 

「いや、何かあいつのこと避けてるように見えたから」

 

 

なんっ!!何で分かったんだよ!?

 

 

こいつっ

 

 

あなどれねぇ。だてに刑事の息子やってるわけじゃねんだな。

 

 

「気のせいだよ」

 

 

あたしは千里から顔を背けるとそっけなく言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.119


 

「……ならいいんだけど……」

 

 

千里はどこか納得いってなように、頭をかいた。

 

 

 

妙な沈黙が流れる。

 

 

休み時間でざわついている教室にガラッと勢い良く扉を開ける音が響いた。

 

 

 

「朔羅ちゃ~ん」

 

 

その場にいた誰もが扉の方を見る。

 

 

 

 

キモ金髪野郎。

 

 

いつものガラの悪い連中を取り巻きに引き連れて、あたしの席に無遠慮に近づいてくる。

 

 

「朔羅ちゃん、今日暇?カラオケ行こうよ」

 

 

こいつは。凝りもせず。

 

 

いい加減気付けよ。

 

 

「いえ……今日は……」

 

 

 

 

 

「朔羅は今日俺と約束があるんです。だから行けません」

 

 

 

 

そう助け舟を出してくれたのは

 

 

 

千里だった。

 

 

 

 

 

P.120


 

 

 

……千里。

 

 

「あ゛ぁ!?何だてめぇ。朔羅ちゃんのボディーガード気取りかぁ?」

 

 

キモ金髪野郎が見下ろしながら千里を睨む。

 

 

「ちょっと、やばい雰囲気じゃない?先生、呼んできた方がいいんじゃない?」

 

 

周りの生徒たちが不穏な空気を察してひそひそと喋りだした。

 

 

リコも怖がって、あたしの袖を軽く引っ張る。

 

 

「…う、うん」

 

 

あたしが腰を上げると同時だった。

 

 

 

 

 

 

ドカッ!

 

 

 

 

 

机を蹴る音であたしは顔を上げた。

 

 

 

 

 

「そこ。僕の席なんですけど」

 

 

 

 

 

あたしは目を開いて息を呑んだ。

 

 

 

メガネ登場。

 

 

しかもポケットに手を突っ込んで、片足は机の脚を蹴ってる。

 

 

 

 

P.121


 

「なんっだ、てめぇはよ!?この前から」

 

 

キモ金髪野郎の怒りの矛先が千里からメガネに移った。

 

 

キモ金髪野郎がメガネの制服のむなぐらを掴む。

 

 

場が一層騒然となった。

 

 

まずい!

 

 

あたしは今度こそ勢い良く席を立ち上がった。

 

 

それと同時に

 

 

 

 

「こらっ!お前たち、何をしている!!お前3年の生徒だろう。何でここにいるんだね」

 

 

隣のクラスの担任が血相を変えて、飛び込んできた。

 

 

どうやら誰かが近くにいた教師を捕まえたらしい。

 

 

「ちっ」

 

 

キモ金髪野郎は大げさに舌打ちすると、取り巻きたちを引き連れてぞろぞろと引き返していった。

 

 

「君たちも、もう授業が始まる。戻りなさい」

 

 

先生の声で、しんと静まり返って止まっていたクラスメイトたちがそれぞれに散っていった。

 

 

「リコ、ごめん……怖い思いさせちゃって」

 

 

「ううん、あたしは大丈夫」

 

 

リコはちょっとぎこちなく笑うと手を振って自分の席に帰っていった。

 

 

 

 

 

「千里も……。サンキュな」

 

 

 

千里はにぱっと笑うと気にしていない様子で、

 

 

「いいってことよ。ま、お前が本気だしたらあんな奴ら3秒で追い払えるだろうけど。

 

 

 

学校でお前を護るのは

 

 

 

 

俺だから」

 

 

 

とさりげなく言い残して、帰っていった。

 

 

 

千里……いい奴……

 

 

 

 

 

カタン

 

 

 

席を戻す音がして前を見るとメガネとばっちり目が合ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.122


 

「メガネ……さっきは……」

 

 

ありがとう。

 

 

 

そう続けたかったけど、あたしの言葉は始業のベルでかき消された。

 

 

 

 

――――――

 

 

メガネはあたしを助けてくれた。

 

 

あたしがメガネのことを避けまくってたのに。

 

 

なのにあたしは礼の一つもまともに言えなかった。

 

 

う゛~~~

 

 

あたしは唸り声を上げると、

 

 

 

 

 

「決めたっ!!あたし仲直りするっ」

 

 

 

 

 

と大声を張り上げた。

 

 

「お嬢っ!!とうとうその気に!?」

 

 

近くにいたタクが手を組み合わせて喜びの声をあげる。

 

 

「てか、何でてめぇがあたしとメガネの喧嘩を知ってるんだよ」

 

 

「マサさんに聞いたんです」

 

 

あんの野郎!口が軽いったらありゃしない。

 

 

っても口止めしてないあたしもあたしだけど。

 

 

 

 

 

 

でも仲直りってどうすりゃいいんだ??

 

 

 

 

 

 

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