。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

風呂!?

 

“どよぉぉおおおおん”

 

 

あたしが背後に背負ってるのものに効果音をつけるならこうだな。

 

 

まさに『負』そのもの。

 

 

「お嬢……今度はどうされたんですか?」

 

 

タクがあたしに朝ごはんの味噌汁を手渡しながら心配そうに口を開いた。

 

 

「は!まさかっ!!今度は生理の野郎ですかい!」

 

 

「バカか、お前っ。あの野郎は月の終わりだっ」

 

 

マサが怒鳴りながら突っ込む。

 

 

「なんっでてめえらがあたしの生理の周期を知ってんだよ!!」

 

 

って怒鳴りたかったけど、そんな元気もない。

 

 

 

 

「朔羅さん、昨日はごめんね」

 

 

隣で同じように味噌汁を飲みながら、メガネが申し訳なさそうに肩をすぼめた。

 

 

こいつは低血圧でいつも朝飯食わねぇのに、わざわざあたしの為に早起きしてきたみたいだ。

 

 

「……お前のせいじゃねぇよ」

 

 

そう答えるのが精一杯だった。

 

 

ホントに……

 

 

 

メガネのせいじゃない。

 

 

メガネが悪いわけじゃない。

 

 

 

 

 

あたしが悪いんだ。

 

 

 

いつまでも過去を引きずってる―――

 

 

 

 

 

あたしが…………

 

 

 

 

P.159


 

「おっはよ~朔羅……って今度はどぉしたの??」

 

 

リコも組の奴らと同じ反応をして、振りかざさした手を引っ込めた。

 

 

「どうしたって…何にもないよぉ」

 

 

あたしは力なく答えて、ため息を吐いた。

 

 

「何にもないってことないでしょ。あ、まさか試験の結果を気にしてる?」

 

 

試験……

 

 

あぁ、そんなものあったっけね。

 

 

「違うよ」

 

 

げっそりしてあたしはリコを見た。

 

 

「じゃぁ何……」

 

 

と言いかけて、リコは表情を変えた。あたしの後ろの方を見てちょっと表情を歪めた。

 

 

「おーっす、朔羅ちゃん。どしたの?元気ないじゃん」

 

 

この声は……

 

 

あたしはのろのろと振り返った。

 

 

 

出た!キモ金髪野郎。

 

 

お前まだ生きてたのかよ。あたしの中ではとっくに消滅したキャラだと思ってたのに。

 

 

「いえ、何でもないです」

 

 

あたしは引きつりながらも何とか笑顔を作って、足早にその場を去ろうとした。

 

 

「もしかして、好きな奴と喧嘩でもした?」

 

 

にやにや下品は笑みを浮かべてる。

 

 

「そんなんじゃ……ありません」

 

 

「だったら、どうしたって言うんだよ」

 

 

キモ金髪野郎があたしの肩にポンと手を置く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしは目を開いた。

 

 

 

 

 

 

ヤメテ――――!!!

 

 

 

 

触らないで―――!!

 

 

 

 

 

P.160


 

「……で」

 

 

あたしは俯きながら何とか言葉を振り絞った。

 

 

「え?何?」キモ金髪野郎が能天気に返事を返した。

 

 

「あたしに触らないでっ!って言ってるんです!!」

 

 

思い切り振り向くと、力強くその手を振り払った。

 

 

キモ金髪野郎はもちろんのこと、リコもびっくりしたように目を開いて固まっている。

 

 

大声を出したからかな?

 

 

登校していた周りの生徒たちも何事か足を止める。

 

 

 

 

 

震えが……

 

 

止まらない。

 

 

 

 

あたしは胸の前で両手を組み合わせると、心臓の辺りをぎゅっと握った。

 

 

全身が強張って、歩くことも顔を上げることもできない。

 

 

 

 

 

怖い

 

 

 

 

怖い

 

 

 

 

 

怖い――――

 

 

 

 

 

 

「朔羅さん!!」

 

 

 

ふわりと肩を抱かれて、あたしはようやく顔を上げることができた。

 

 

 

 

P.161


 

「川上さん、朔……龍崎さん体調が悪いみたいだ。保健室、連れてってくれる?」

 

 

メガネの声がする。

 

 

「う、うん。分かった!」

 

 

リコの緊迫した声が頷くのも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

メガネの……

 

 

腕や手は温かくて、全然嫌じゃなかった。怖くもなかった。

 

 

「少し休んできなよ。先生には上手く言っておくから」

 

 

メガネの……

 

 

声は“あいつ”とは違う。

 

 

温かくて、優しい。

 

 

 

 

 

 

叔父貴のくすぐるような低い声と、酷く似ている。

 

 

 

安心する。

 

 

大丈夫な気がする。

 

 

 

 

でも、メガネはあたしの過去を知ったら、きっと軽蔑する。

 

 

メガネはいつでもあたしを助けてくれたけど、助けたいとは思わなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ダッテアタシハ汚レテイルカラ

 

 

ドス黒イ血ノ色ニ染マッテイルカラ

 

 

 

 

 

 

P.162


 

結局2限目まであたしは保健室のベッドで過ごし、その後は何とか授業を受けることになった。

 

 

教室に帰ったら、事情を聞いた千里が心配してあれこれ気を遣ってくれたっけ?

 

 

メガネはあたしの不調を何も問わず、何事も無かったかのように接してきた。

 

 

それがありがたかった。

 

 

変に勘ぐられるのは、嫌だったから。

 

 

何とか一日の授業を終えると、あたしはリコと帰った。

 

 

リコは最後まで心配してくれてたけど、あたしはわけを話すことができなかった。

 

 

リコはそれでもしつこく問いただすことはしなかった。あたしを元気付けるためか妙にハイテンションで、あれこれ楽しい話題を引っ張りだしてきては、あたしを笑わかそうとしてくれている。

 

 

リコ……ごめんね。

 

 

でも大好きだよ。

 

 

心の中で謝りながら、あたしはとぼとぼと家路についた。

 

 

いつもどおり夕食を作って、組のもんと騒ぎながら食事をする。

 

 

いつもどおりの日常だ。

 

 

 

 

 

 

 

だけど隣の席に、メガネの姿はなかった。

 

 

 

 

P.163



 

 

あたしは玄関の前で腕を組むと仁王立ちになってメガネを出迎えた。

 

 

「メガネっ!てめっ!今までどこほっつき歩いてたんだよ!!うちの門限は9時だ。遅くなるんなら連絡の一つを寄越せ」

 

 

あたしは勢い込むと、メガネの制服のネクタイをぐいと引っ張った。

 

 

首を絞められて、メガネは苦しそうに喘いだ。

 

 

「ごっ……ごめっ……。連絡しなかったことは…謝るよ……。

 

 

でもっ…ほら、朔羅さんが元気なかったから……連れてきたよ」

 

 

「連れてきたって何をだ!犬でも拾ってきたのか?」

 

 

あたしはネクタイを引っ張ったまま、メガネを睨みつけた。

 

 

 

 

コホン

 

 

 

 

メガネの背後で空咳が聞こえ、あたしは目を開きそろりとそちらの方へ目を向けた。

 

 

 

 

 

 

「朔羅、相変わらずだな」

 

 

 

 

 

「お、叔父貴!!!?」

 

 

 

 

 

ギャ~~~!!!

 

 

 

 

あたしは慌ててメガネのネクタイから手を離した。

 

 

急に離されたメガネは玄関の上がり框に無様に転がった。

 

 

 

 

P.165


 

緊張度120%

 

 

あたしが、じゃなくて組のもんが。

 

 

居間の長いちゃぶだいにずらりと勢ぞろいしている。

 

 

寝てたもんも起きだして来た始末だ。

 

 

こんな光景食事以外で見たことがねぇ。

 

 

「「「ご苦労様です、会長!!!」」」

 

 

声を揃えてみんなが頭を下げた。

 

 

う~ん。さっすが叔父貴。

 

 

貫禄が生半端じゃねぇ。

 

 

そこにいるだけで、いつもは騒がしい組の連中を黙らせちまうんだから。

 

 

「ご苦労。特に変わりはねぇか?マサ」

 

 

「へ、へいっ!何にもございやせん!!」

 

 

マサが背筋をぴしっと正して、勢い込んだ。

 

 

「そうか」

 

 

叔父貴はそう言って出された茶を一口飲んだ。

 

 

蠍座キョウスケが出した日本茶だ。

 

 

「ん!?」

 

 

お茶を飲みながら叔父貴が顔をしかめた。

 

 

一同が強張った顔を更に緊張したように引きつらせる。

 

 

「キョ、キョウスケ、おめぇ会長にお出しした茶に何かいれたんじぇねぇか!!」

 

 

タクが一番向こう側にいるキョウスケを睨んだ。

 

 

「別になにも。普通に淹れましたよ」

 

 

うぉおお、キョウスケ!叔父貴のいる前で何でお前はいつもどおりなんだよっ!

 

 

「……旨いな」

 

 

叔父貴がぼそりと呟いた。

 

 

 

一同が分かりやすくほっと安堵する。

 

 

 

キョウスケ……こいつもあなどれねぇ。

 

 

 

 

P.166


 

あなどれねぇって言ったらこいつも……

 

 

「琢磨さん、もう遅いし泊まっていきなよ。ね、朔羅さんもその方が嬉しいでしょ?」

 

 

と相変わらずにこにこ顔のメガネ。

 

 

「おぃ!メガネ!!会長はお忙しいお身だっ。そんなこと軽々しく言うんじゃねぇ!!」

 

 

あちこちでそんな声が聞こえた。

 

 

泊まっていく……かぁ。

 

 

そうだったら確かに嬉しいけど、でも組のもんが言う通り忙しい人だからなぁ。

 

 

それに今空き部屋もねぇし。

 

 

(一室空いてた空き部屋は今メガネの部屋になってる)

 

 

「たまにはいいかもな」

 

 

「え??」

 

 

あたしは顔を上げた。

 

 

「お前にはなかなか会えないし、何か落ち込んでるみてぇだしな」

 

 

そう言ってあたしの頭を優しく撫でる。

 

 

う!!嬉しすぎる~~~!!

 

 

「でも部屋は……」

 

 

あたしの言葉にメガネが、

 

 

「僕の部屋で一緒に寝ようよ」

 

 

と提案した。

 

 

P.167


 

「だ、ダメに決まってるだろ!!」

 

 

あたしは思わず机を叩いた。

 

 

メガネが、と言うより組のもんがびっくりして目を丸くしている。

 

 

メガネと一緒の部屋にしてみろ。こいつ叔父貴にナニするかわかんねぇからなっ。

 

 

「じゃぁ、僕が朔羅さんの部屋に行くよ。空いた部屋を琢磨さんが使うってのは?」

 

 

ちょっと首を傾けて、あたしを覗き込むように言うメガネ。

 

 

う~~こいつの、このおねだり顔には弱いんだよな。

 

 

それにこいつは女に興味がねぇし。

 

 

まぁ安全っちゃ安全だけど。

 

 

「そ、それなら……」

 

 

ガン!

 

 

物を打ち付ける音がして、あたしを含めた一同がびっくりして叔父貴を見る。

 

 

 

 

 

 

 

「それはダメだ」

 

 

 

 

 

 

何の音かと思いきや、叔父貴が机に湯のみを叩き付けた音だった。

 

 

飲みかけの茶が湯のみからこぼれだしている。

 

 

叔父貴……

 

 

あたしもビビっちまうほど、今すっげー怖い顔してるよ。

 

 

叔父貴の鬼気迫る迫力に、場がしんとなった。

 

 

 

 

「じゃ、こうすればいいんじゃないですか?メガネくんが俺の部屋に来て、会長はメガネくんの部屋で寝る。お嬢も自分の部屋で休まれる。

 

 

それだったら問題ないでしょう」

 

 

 

 

冷静に言ったキョウスケの言葉に、違う意味でみんなびっくりしていた。

 

 

 

キョウスケ。

 

 

確かにおめぇの出した案が一番いいんだろうケド、

 

 

 

 

 

この状況で何でそんな冷静にいられるんだよ、おめぇは。

 

 

 

 

 

P.168


 

結局キョウスケの提案した案を飲むことになった。

 

 

「叔父貴、晩ご飯食べてないだろ?(ついでにメガネも)。今準備するから、待っててよ」

 

 

あたしが腰を浮かせようとすると、その腕を叔父貴が掴んだ。

 

 

「朔羅、話がある。お前らにも」

 

 

そう言って叔父貴は目を細め、野郎どもを見渡した。

 

 

目が険しい。

 

 

 

 

 

 

―――龍の視線だ。

 

 

 

ドキリ……とした。

 

 

みんな叔父貴に睨まれ、石にされたように固まった。

 

 

緊張の糸が更に張り詰められる。

 

 

「叔父貴……」

 

 

 

 

 

 

「おめぇらの耳にはもう入ってるかもしれねぇことだけど、近々関西白虎会と盃を交わすことになった」

 

 

 

 

 

 

叔父貴の一言一言に、全員が息を呑んだ気配がした。

 

 

ピリピリした空気が蒸発して、今にも爆発しそうな勢いだ。

 

 

「会長……それはどういうことでぇ。青龍会はそんなにも今ヤバイ状況なんですかい」

 

 

最初に口を開いたのは、マサだった。

 

 

マサは若けぇが、叔父貴に深い信頼を受け、随分可愛がられてる直参だ。

 

 

叔父貴はほとんど空になった湯のみをゆっくりと持ち上げると、

 

 

 

 

 

「そうだな。今の状況だったら、な。白虎と手を組む他ない」

 

 

 

 

 

 

P.169


 

 

「し、しかしっ!白虎の虎間はうちの縄張りを荒らした奴ですぜ!!そんな奴を信用できるんですかい」

 

 

今度はタクが鬼気迫ったように、口を開いた。

 

 

「それには事情がある。悪りいのは畑中組のわけぇもんだ。畑中組の頭には舎弟を厳しく躾けるよう俺から一言言っておいた」

 

 

「事情って何ですかい!?ちゃんと説明してくれないと、あっしらも納得いかねぇです」

 

 

そう言ったのはマサより一回りも年上のノブオだった。

 

 

地位的には龍崎組の中堅どころと言ったところだが、喧嘩の腕っぷしはかなりいい。

 

 

ノブオに感化されたのか、

 

 

「そうですぜ」

 

「ちゃんと説明を」

 

 

という声が方々で上がった。

 

 

 

不安と、疑問。

 

 

 

この二つの感情で、白虎会との盃の前に青龍会が内部から崩れてしまいそうだ。

 

 

 

 

 

あたしはちょっと不安になって叔父貴を見上げる。

 

 

 

叔父貴はまるで体の中にあるすべての空気を吐き出すように、長々とため息を吐いた。

 

 

「白虎会の虎間は、この話が出ると息子を一人こっちに寄越した。向こうも必死なんだろう。今や勢力を増した玄武会に押され気味だからな。

 

 

盃の話を確実なものにするためだ。

 

 

その折に、クラブZで乱闘騒ぎが起こった。畑中組の連中がクラブのホステスを無理やり自分のスケ(女)にしようと、迫っていたんだ。

 

 

そいつはクラブZの用心棒も兼ねていたから、店側と口論になった。サツが流れ込んでくる始末だ。店側にも怪我人が出て……

 

 

そこで、たまたま居合わせた虎間の息子がその女を助けた。

 

 

ただ、畑中組も血の気の多い連中だ。仲間を呼び、まだ何者か知らされていなかった虎間に喧嘩をふっかけた。

 

 

 

 

それだけのことだ」

 

 

 

 

 

 

P.170


 

そう言う……こと。

 

 

あたしも始めてことの全容を知らされたよ。

 

 

「……何だ、縄張り荒らしじゃなかったんだな」

 

 

あたしがぽつりと漏らすと、叔父貴は険しくしていた顔を急に緩めた。

 

 

ちょっと笑うと、あたしの頭をぽんぽんと軽く叩く。

 

 

 

 

 

 

「そういうことだ。虎間兄弟たぁ凶悪で残忍と知られてるが、理由がない喧嘩をしない。

 

 

筋の通った奴だ。俺が保証する」

 

 

 

 

 

 

叔父貴の言葉は……不思議だ。

 

 

叔父貴が言うと、ホントにそうなんだって、みんな納得できるからだ。

 

 

その証拠に、荒くれたっていた場がしんと静まり返った。

 

 

 

 

 

「盃を交わす日取りはまだ先になりそうだが、それまで…いや、それからも龍崎組を始めとする他の組も、組織体制は変わらない。

 

 

おめぇらは青龍の看板を背負っていることを忘れるな」

 

 

 

 

「「「へいっ!!!」」」

 

 

 

 

野郎共の声が響き、全員が同じタイミングで頭を下げた。

 

 

 

 

 

これが……

 

 

青龍のトップに立つ者。

 

 

いや、日本のトップに立つ

 

 

 

 

 

 

黄龍の威厳。

 

 

 

 

 

誰もがその姿に平伏し、誰もがその力に跪く。

 

 

 

 

 

 

叔父貴にはそれだけのカリスマ性がある。

 

 

 

 

美しく、猛々しい。

 

 

 

 

唯一無二の存在。

 

 

 

 

叔父貴はそんな男だ―――

 

 

 

 

 

P.171


 

「さっきの琢磨さんかっこ良かったよ~」

 

 

のんびりと飯を食いながら、にこにことメガネが笑った。

 

 

「かっこ良かったって何がだよ」

 

 

叔父貴が苦笑いをして、その隣で同じように飯を食ってる。

 

 

何でもない光景なのに、あたしは幸せを感じていた。

 

 

だって叔父貴がうちで飯食うなんて、あんまりないから。

 

 

そうと分かってたら、ご馳走用意しておいたのにっっ。

 

 

叔父貴の茶碗が空になったのを見て、あたしは

 

 

「叔父貴、ごはんのお代わりは?」とにこにこしながら聞いた。

 

 

「いや。もう大丈夫だ。ありがとな」

 

 

「朔羅さん、僕おかわり」

 

 

メガネが茶碗を差し出す。

 

 

「てめぇは自分でやれっ」

 

 

叔父貴は苦笑いを漏らしながら、

 

 

「やってやれ」と小さく言った。

 

 

叔父貴に言われちゃ、仕方ねぇか。

 

 

あたしはしぶしぶ茶碗を受け取る。

 

 

メガネの隣で、叔父貴は箸を置いて手を合わせた。

 

 

「ご馳走様。うまかったよ」

 

 

「え?もう終わり?」

 

 

あたしは目をキョトンとさせた。

 

 

いや、用意した分は全部たいらげてあったけど、それにしてもいつもの半分ぐらいの量だったし、正直足りるか心配だったのに。

 

 

「いや、充分だ」

 

 

そう言った叔父貴の横顔が妙に疲れて見えたのは……

 

 

気のせいかな?

 

 

 

P.172


 

 

二人が飯を食い終わると、あたしは食器を片付けながら、口を開いた。

 

 

「叔父貴、シャワー浴びてないだろ?風呂沸かしてあるからゆっくり入ってってよ」

 

 

「そうだな。戒もまだだろ?俺は後でいいからお前先に入れよ」

 

 

「いいよ~僕は。琢磨さんお先にどうぞ」

 

 

美しい譲り合いの精神……感動するぜって言いたいケド

 

 

「どっちでもいいから早く入って。あたしもまだなんだよ」

 

 

「そう?じゃぁ朔羅さん僕と一緒に入る?時間短縮~♪」

 

 

メガネはにこにこして自分を指差した。

 

 

だ!

 

 

「誰がてめぇなんかとっ!!」

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴ……

 

 

 

 

ん?何の音?地震か!?

 

 

 

「戒!貴様、寝言は寝て言えっ!!!」

 

 

怒鳴り声が響くと、叔父貴はメガネの胸ぐらを掴み上げた。

 

 

顔が!声がっ!!

 

 

怖えぇ!!!

 

 

ヤバイ!マジでメガネが殺される!

 

 

メガネの死体がマジもんになるっ!!

 

 

 

 

 

「わー!!!待った待った!」

 

 

あたしは慌てて叔父貴とメガネの間に割って入った。

 

 

 

 

 

 

P.173


 

「あ、あたしはゆっくりでいいからさっ。順番に入ってきてよ」

 

 

叔父貴を宥めるように引き剥がすと、まだ怒り足りないのか叔父貴は目の色を変えてメガネを睨みつけていた。

 

 

締め上げられた首が苦しかったのか、ゴホゴホっと咳をしながらメガネが涙目になった目を叔父貴に向けた。

 

 

「あ、じゃぁさ。僕と琢磨さん一緒に入ろうよ。それだったらいいでしょ?」

 

 

は……

 

 

はぁああああ!?メガネ!何言い出すんだよっ。

 

 

叔父貴はメガネを睨んでいた目を和らげると、

 

 

「それなら……」と言って了承した。

 

 

って、叔父貴も素直に承諾するんじゃねぇ!!!

 

 

こいつはっ!

 

 

 

 

 

こいつは叔父貴のこと狙ってるんだぞーーーー!!!

 

 

 

 

 

心の中で叫びながらも、それは声にならなかった。

 

 

「あ。朔羅さん今何かヤラシいこと考えてるでしょ?」

 

 

メガネが上目遣いであたしを見る。

 

 

「や!ヤラシい!?」

 

 

あたしは顔を真っ赤にした。

 

 

あたしがっ!!叔父貴とメガネが絡んでいるところを想像したわけ……

 

 

 

 

 

 

あるだろがーーー!!!

 

 

 

P.174


 

「そうと決まれば急げ♪後がつかえてるもんね」

 

 

メガネは叔父貴を無理やり立たすと、叔父貴の背中を押して風呂を急かした。

 

 

「じゃぁね~朔羅さんっ♪男同士裸の付き合いしてくるね」

 

 

にこにこ言って、そそくさと部屋を出て行く。

 

 

何故だ。

 

 

“男同士”“裸の付き合い”

 

 

この単語が妙に意味深に聞こえるのは。

 

 

 

 

 

意味深……じゃなくて…

 

 

あいつにとってはしっかり意味があるってことだ!

 

 

 

 

叔父貴ーーー!!!

 

 

 

あたしは遠ざかっていく叔父貴の姿を、震える手で追うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

P.175


 

くっそぅ!メガネの野郎!!

 

 

叔父貴に何かしたらただじゃおかねぇからなっ!

 

 

命は無いと思いやがれ。

 

 

 

『使用中』

 

 

 

赤い字で書かれた木の札が今は憎らしいぜ。

 

 

あたしは風呂のドアの前に張り付いて、耳をそばだてた。

 

 

湯が跳ねる音がやけにいやらしく聞こえる。

 

 

しばらくは……

 

 

二人の笑い声とか聞こえた。

 

 

「な、何話してんだ?」

 

 

ぐっと耳を近づけてあたしは目を細めた。

 

 

「もー、琢磨さんってば」

 

 

メガネの声が聞こえる。

 

 

叔父貴の笑い声が聞こえる。

 

 

桶を置く音が聞こえて、話し声が止んだ。

 

 

 

 

しーん……

 

 

 

 

 

な、ナニしてんだよ!!!

 

 

 

 

 

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