。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

桜の痕!?

 

「芸術品……う~ん、意味わかんねぇんだけど」

 

 

あたしは首を捻った。

 

 

褒められてるかバカにされてるのか(叔父貴に限っちゃこれはないだろうけど)。

 

 

 

 

 

「きれいだって言う意味だ」

 

 

叔父貴はやんわりと言うと、あたしの顎を指先でなぞった。

 

 

 

 

 

き!きれい!?

 

 

 

 

あたしは目を剥いた。

 

 

そんなあたしの様子を見てははっと声を上げて叔父貴はおかしそうに笑った。

 

 

「は……」

 

 

最後の言葉を言い切らないうちに、叔父貴はふっと笑うのを止めた。

 

 

消化不良な笑みだ。

 

 

かと思うと急に真顔になって、真剣な目でひたとあたしを見据えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「お前を……

 

 

 

 

 

 

閉じ込めて置きたいな。

 

 

 

 

誰にも見せない。

 

 

 

誰にも触れさせない。

 

 

 

 

俺だけの……

 

 

 

 

そんなことができるんだったら、いいのにな」

 

 

 

 

P.104


 

一言一言がひどくゆっくりだった。

 

 

ゆるゆると笑顔を作ると、叔父貴はまぶたをゆっくりと閉じた。

 

 

あたしの顎をなぞっていた手がベッドの上にことりと落ちる。

 

 

「悪りい。ちょっと……疲れた。眠る」

 

 

 

「…………うん」

 

 

目を閉じて眠りに入る叔父貴の顔をあたしは見下ろした。

 

 

叔父貴の黒い髪にそっと触れてみる。

 

 

まだほんのり濡れている。

 

 

「このまま寝たら、寝癖つくよ」

 

 

あたしは苦笑した。

 

 

無理に笑顔を作った。

 

 

ぎこちなく笑って、奇妙に歪んだ口に塩辛い何かを感じた。

 

 

 

 

あたし……泣いてる……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「閉じ込めておいてよ。

 

 

 

 

一生あなたのことしか見えなくしてよ。

 

 

 

 

 

あたしは…………」

 

 

P.105


 

その後に何を続けようとした?

 

 

言いたいこと、伝えたい言葉はたくさんあるのに、言葉は口から出ることがなかった。

 

 

胸が……締め付けられる。

 

 

息ができなくなる。

 

 

 

 

 

 

あたしの中はこんなにも叔父貴でいっぱいだよ。

 

 

 

 

 

こんなにも

 

 

 

愛してる。

 

 

 

 

 

叔父貴があたしを可愛がってくれるのは、あたしの保護者がわりだからだ。

 

 

あたしが姪だからだ。

 

 

あたしが、愛おしい人の娘だからだ―――――

 

 

 

 

 

あたしはここだよ。

 

 

 

 

あたしの心がそう必死に叫んでる。

 

 

 

 

 

 

この声が届くことは

 

 

 

 

 

 

きっとこの先もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.106


 

あたしは眠ったままの叔父貴の頬にそっと触れた。

 

 

 

頬から顎にかけてしゅっとしたきれいなラインを描いている。

 

 

思った以上にその頬はずっと冷たかった。

 

 

 

不思議だ……

 

 

いつもは不動明王のごとく凛としていて、堂々たるその風貌は誰もが恐れる極道の頭なのに。

 

 

寝顔はまるで少年のそれのようにあどけない。

 

 

 

 

 

触れてて初めて気づいた。

 

 

 

 

 

 

叔父貴……ちょっと痩せた―――?

 

 

 

 

 

忙しいんだな、きっと。

 

 

ちゃんと食ってんのかな?

 

 

 

今度、うちに来たときは栄養のあるもんたくさん作ろう。

 

 

んでたくさん食べてもらうんだ。

 

 

叔父貴が「うまい」って言ってくれるとあたしも嬉しいからさ。

 

 

 

あたしはすんと、鼻をすするとぐいと涙を拭った。

 

 

 

 

掛け布団を叔父貴の体にそっとかけて、部屋を出た。

 

 

P.107


 

あれ?新しいケータイどこへ置いたっけ?

 

 

確かその辺に置いたはず……

 

 

あたしはソファや、ローテーブルの辺りを見回したが、ピンクのケータイはどこにもない。

 

 

てか、叔父貴にもらった大事なケータイを雑に扱うなよ、って話だよな。

 

 

「あれれ?」

 

 

65型のでっかいプラズマテレビの隣にどっしりとした木のサイドボードがある。

 

 

そこに入ってるとは思えなかったけど、あたしは何となく観音開きの扉を開けた。

 

 

中には引き出しがいくつもついてる。

 

 

その一つの引き出しから白い紙のようなものがちょっとはみ出ていた。

 

 

「はみ出てる。几帳面な叔父貴にしちゃ珍しいな~」

 

 

直しておいてやるか。

 

 

そんな軽い気持ちだった。

 

 

引き出しを開けると、紙のようなものは薬の袋だった。

 

 

 

 

 

表書きに“御園(ミソノ)医院”と青い字で書いてある。

 

 

 

御園っちゃ、青龍会お抱えの専属医院だ。

 

 

医者もそこで働く看護士たちもみんな青龍会のもんで、組のもんも良く世話んなってる。

 

 

極道にいると世間に明らかにできない傷をこさえてくることなんてしょっちゅうだし、重要人物の大病など知られちゃならねぇ情報も御園はまるでスイスの銀行並に隠しおおせる。

 

 

もちろん腕も確かだが、口も硬い、闇医者っちゃ闇医者だな。

 

 

 

そんな病院の薬が何でここに?

 

 

少し痩せたことと何か関係してるのかな?

 

 

 

 

まぁ会社の方の経営もあるし、今は玄武、朱雀の勢力拡大、それに伴い白虎との盃の件もあるし、きっと疲れてるんだろうな。

 

 

 

あたしは深く考えずに、引き出しに袋をしまった。

 

 

 

P.108


 

「っとに、ケータイどこだよ?」

 

 

ちょっと苛々しながらもう一度ソファを覗くと、背もたれと座席のクッションの間に挟まってやがった。

 

 

「手間かけさせやがって」

 

 

と悪態を付くものの、ケータイを見ては顔を綻ばせ、開いて叔父貴とのツーショットを見てはにやける。

 

 

重症だぜ。

 

 

 

あたしはいそいそとケータイをしまうと、もう一度寝室を覗いて叔父貴がまだ眠ってることを確認してマンションを後にした。

 

 

 

――――

 

 

 

時計は夜の11時を差していた。

 

 

ゲ。もうこんな時間。

 

 

家には遅くなるって連絡がしてあるけど、あたしの古いケータイの方には着信が何件かあった。

 

 

マサはもちろんのこと、タク、アツヤ……と組のもんの着信がずらりと並んでる。

 

 

あ、蠍座キョウスケのもある。

 

 

一番新しいもので080-xxxx-xxxxという番号があり、あたしは首を捻った。

 

 

誰だこれ。

 

 

ま、いっかぁ。

 

 

って良くないか。あたしは龍崎家直通の家電に掛けると、ワンコールでマサが出た。

 

 

『お嬢!大丈夫ですか!?』

 

 

えらく急き込んでる。

 

 

「叔父貴んちにいるって言っただろ!大丈夫に決まってる」

 

 

『いやぁ、あんまり遅いんで心配したっす。迎えに誰かやりやしょうか?』

 

 

「いや、いい。歩いて帰る」

 

 

『でも……』尚も渋るマサに、

 

 

「ガキじゃねんだから大丈夫だって。お前らは先に寝てな」

 

 

あたしはむっつりと答えて、通話を強引に切った。

 

 

 

 

まったく。

 

 

あいつらは過保護なんだからっ。

 

 

 

 

 

 

 

P.109


 

龍崎家の立派な、というか古くさい日本家屋に帰って玄関を開けると、

 

 

「ただいま~」

 

 

とあたしは控えめに挨拶をした。

 

 

こんな時間みんな寝てるか、博打打ってるかだ。

 

 

あがりがまちに鞄を置いて、あたしは一瞬止まってぎょっとした。

 

 

龍の絵が描かれたいかめしい屏風の隙間からメガネの姿が見えたから。

 

 

 

 

 

メガネは……柱にもたれ掛かって座り込んでいて、膝を立てて目を閉じてた。

 

 

寝るところなのか、薄手のパジャマ姿だった。

 

 

え……寝てる?こんなところで?

 

 

あたしは靴を脱ぐと、そっとメガネに歩み寄った。

 

 

あたしの気配に気づいたのだろうか、メガネはゆっくりと目を開けると、あたしを見上げた。

 

 

 

 

 

 

「あ。朔羅さん。おかえり~」

 

 

 

 

 

にっこり笑顔を浮かべてふわふわ言う。

 

 

ホント……ぬいぐるみみてぇ。

 

 

 

「てかお前何でこんなところで寝てんの?」

 

 

「え?朔羅さんを待ってたんだよ」

 

 

 

 

 

え―――?あたしを……?

 

 

 

 

 

P.110


 

「夜遊び?」

 

 

メガネは小さく欠伸を漏らすと、ちょっと笑顔を浮かべて上目遣いで聞いてきた。

 

 

「んなんじゃねぇよ」

 

 

あたしはそっけなく言うと顔を逸らした。

 

 

「ふぅん」

 

 

メガネはそれ以上問いただそうとはしなかった。

 

 

「でもまぁ、無事で良かった」

 

 

にこにこ笑顔を浮かべながらメガネが立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

心配……してくれてた…?

 

 

 

 

 

あたしは今まで叔父貴と会ってたのに、メガネは純粋に心配してくれてた。そのことが酷く後ろめたく感じた。

 

 

 

 

「悪かったな。待たせて。……あ………ありがとょ」

 

 

 

わ~~~何で素直に「ありがと♪」って言えねんだよ。

 

 

 

「じゃ。風呂入ってくる。お前もこんなところにいねぇで、部屋に行ってろよ。風邪ひくぞ」

 

 

「ん」

 

 

メガネは軽やかに返事を返して、メガネのブリッジをちょっと持ち上げた。

 

 

 

う゛

 

 

その仕草、ちょっとエロいんだよな……

 

 

風呂あがりなのか、髪も無造作に乱れてるし。

 

 

 

何てぇの。無防備なその笑顔とのギャップが、何とも言えないっていうか……

 

 

ってあたし何考えてるんだっ!!

 

 

 

 

 

黒い考えを打ち消すようにあたしは足早にメガネの前を去ろうとした。

 

 

 

 

「待って」

 

 

 

そのあたしに向かってメガネが声を掛けてきた。

 

 

 

 

P.111


 

「……何だよ」

 

 

ちょっと面倒くさそうに振り返る。

 

 

疲れてんだから早く風呂入って寝てぇんだよ。

 

 

 

メガネは無言であたしに歩み寄ってきた。

 

 

何を思ったのか、あたしの頬を親指でそっと撫でる。

 

 

 

 

 

思いのほか優しい手付きだった。

 

 

 

 

 

「涙の痕…………悲しいことでもあった?」

 

 

 

 

 

 

あたしは眉を寄せた。

 

 

 

 

何で……?

 

 

 

何でお前が気づくんだよ。

 

 

 

 

 

家に入る前に鏡でちゃんとチェックした。

 

 

目はもう赤くなかったし、頬に伝った涙の痕もきれいに消えていた―――筈なのに……

 

 

 

うっせーな、泣いてなんかねぇよ。

 

 

そう否定したかったのに、言葉が出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「琢磨さんのところにいたの?」

 

 

 

メガネは更なる追求をしてきて、あたしは驚きに目をみはった。

 

 

 

 

 

 

P.112


 

「無言は肯定の意味?」

 

 

メガネはあたしを覗き込むように顔を寄せてきた。

 

 

「…………」

 

 

何も――――答えられなかった。

 

 

メガネに申し訳ないとか、そんなことこれっぽっちも思ってなかったけど、でもどうしても素直に頷けなかった。

 

 

変なの。つい数時間前にはツーショット写真を自慢してやろって思ってたのに。

 

 

いざメガネを目の前にすると何も言えなくなる。

 

 

 

 

 

無言の時間が過ぎて、何も言わないあたしに焦れたのかメガネの指が頬からゆっくりと顎を伝い、首筋へと移動してきた。

 

 

髪を掻き分けるように、ちょっと持ち上げられる。

 

 

あたしの肩がぴくりと揺れた。

 

 

 

 

 

 

「桜の痕……」

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

「色っぽいね。キスマークなんてつけて」

 

 

 

 

は―――!?キスマーク!!!

 

 

 

 

 

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