。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

琢磨Side*

 

 

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数時間前、俺の会社に戒が訪れてきた。

 

 

急用だとか言うわけで、会長室まで上がってきたわけだが…

 

 

その割にはいつもどおりの態度だった。

 

 

「今から朔羅ンとこに行くぞ」

 

 

そう言って強引に手を引かれた。

 

 

「何言ってんだよ。俺ぁまだ仕事中だ。あいつに何かあったのか?」

 

 

「知らね。でも元気ねぇんだよ。あからさまに何か思い悩んでるみてぇだし」

 

 

元気がない?何か思い悩んでる?

 

 

「悔しいけど、あんたが行けばあいつ元気になる気がするんだよ」

 

 

戒はそう言って、ふてくされたように顔を背けた。

 

 

「……分かった」

 

 

戒の言葉に俺は頷くと、やり掛けの仕事を秘書に回し、どうしても俺じゃ出来ないことは明日以降に持ち越すことを決めた。

 

 

それぐらい、朔羅の不調が気になってるわけだ。

 

 

正直仕事をしていても、朔羅のことが気になって手につかねぇ気がした。

 

 

 

 

車で移動して、戒と龍崎家に向かおうとすると、戒は何を思ったのか、

 

 

「ちょっと寄り道してくれ」と無愛想に言って助手席からハンドルに手を伸ばしてきた。

 

 

「何でだよ。俺ぁ朔羅のことが気になるんだよ」

 

 

「だったら尚更。土産でも買って、あいつを喜ばしたら?」

 

 

戒は窓の外を親指で指差した。

 

 

その先に大きなショッピングモールがそびえ立っている。

 

 

 

 

 

 

P.186


 

土産と言っても……朔羅が何に喜ぶのか分かんねぇな。

 

 

いつもならそれとなくマサにリサーチしてもらうんだが。

 

 

何と言っても急だし…

 

 

「服とかどうかな?」

 

 

戒とショッピングモールのだだっ広いフロアを歩きながら、こいつが女の子向けのショップをちらりと見た。

 

 

「サイズ知らねぇ」

 

 

「俺もだ……」

 

 

「アクセとか?」

 

 

「あいつはあんまりジャラジャラキラキラしたもんつけねぇよ」

 

 

「じゃ、下着とか?」

 

 

戒が顎に手を当て、考え込んだ。

 

 

「バ!バカ言ってンじゃねぇ!!それこそサイズがあるだろがっ!」

 

 

「C65。ちょうどいいサイズだよな♪」

 

 

戒がにこにこしながら答えた。

 

 

「き……貴様!!何故お前が朔羅のブラのサイズを知ってる!!?まさかっお前……」

 

 

俺は思わず戒の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「変な想像すんなよ。洗濯もんがその辺に放ってあったから、見えたんだよ」

 

 

戒はちょっと眉をしかめると、俺の手を乱暴に払った。

 

 

「……せ、洗濯もん…?」

 

 

って言うかあいつ警戒心無さ過ぎるだろ。戒以外にも周りはみんな男だって言うのに。

 

 

俺の手から離れた戒は制服の皺を伸ばすように払うと、俺を見上げた。

 

 

と言うより、睨んだ?

 

 

「ほんっとあんたらってラブラブだね。ムカツク……」

 

 

 

 

P.187


 

周りから見たらそう見えるのか?

 

 

それだったらちょっと嬉しいが……

 

 

朔羅は俺を男と見てるんじゃなくて、戸籍上の唯一の血縁者として慕ってくれてるわけだ。

 

 

あいつにとって俺は父親でもあり、兄貴でもある。そんな存在だ。

 

 

でも俺は……

 

 

 

 

 

あいつを女として見てる。

 

 

 

 

十も離れた、まだほんの小娘だ。

 

 

だけど、俺はあいつは俺の中で女なんだ。

 

 

可愛くて、強くて……優しい―――

 

 

 

 

 

愛してる。

 

 

 

 

 

たった一言を告げられないのは……

 

 

ただ歳が離れすぎてるってことだけじゃない。

 

 

あいつに手を出せない理由は―――

 

 

 

 

他に二つも存在するから。

 

 

 

 

 

 

 

P.188


 

 

「なぁ琢磨さんって女に贈り物するときって何あげんの?」

 

 

ふいに戒が聞いてきた。

 

 

「は?」

 

 

「だって俺女にプレゼントしたことってないもん。よくプレゼントは貰うけど」

 

 

嫌味ったらしく、にこにこ笑う戒。

 

 

できればこんなクソガキ今すぐにでも東京湾に沈めたい。

 

 

いけねぇ。平常心…平常心……と。

 

 

「……まぁその時々だな。香水とか、アクセサリーだとか、着物だとか、車だとか、マンションだとか…」

 

 

「っておいおいおいおい!」

 

 

途中で戒が突っ込みを入れてきた。

 

 

「あんたの次元で物を言うなよ。朔羅が車とかマンションとか貰って喜ぶタマか?ったく、これだから金持ってる大人は…」

 

 

ちょっと苦々しげに顔を歪める。

 

 

「おめぇが聞くから答えただけだろ!?」

 

 

またも俺は戒の胸ぐらを掴もうと思ったとき……

 

 

「あのぉ…」

 

 

二人組みの女がおずおずと声を掛けてきた。

 

 

大学生ぐらいだろうか。朔羅や戒よりもちょっと年上な感じがした。

 

 

化粧や服装が派手な感じだ。キャバ嬢っぽい。

 

 

「何ですか?」

 

 

戒がにっこり微笑む。天使みたいな微笑みだ。

 

 

か…変わり身の早い奴。

 

 

俺が妙なところで感心してると、

 

 

「兄弟?仲いいね~」と二人組みの一人が親しげに声を出した。

 

 

「いえ。親子です♪」

 

 

戒もにこにこ答えてる。

 

 

おい…何真面目に答えてるんだよ。

 

 

「「え!?親子?」」

 

 

女たちがびっくりしたように口を開けた。

 

 

 

P.189


 

 

「似てないね~。そっちのお兄さんはちょっとワイルド系なのに対して、君は可愛い系だもんね」

 

 

「そうですか?よく言われます」

 

 

戒が愛想よく受け答えしている。

 

 

「ところで、何か……」

 

 

「うん♪君たちかっこいいな~ってさっきからずっと思ってて。暇だったらあたしらとお茶しない?」

 

 

何だ…ナンパか……

 

 

「良いですよ~って言いたいところだけど、このあと僕らちょっと用事があって」

 

 

「そう……なんだぁ。残念」

 

 

女たちはさも残念そうに首をうなだれた。

 

 

「あ!じゃぁさっ。これうちらのケー番。暇があったら連絡して♪」

 

 

そう言って女たちは一枚のメモ書きを戒に手渡した。

 

 

「ありがとうございます♪じゃ、また」

 

 

戒が爽やかに去ろうとする。

 

 

引き際まで爽やかな奴。

 

 

「行こう。……お父さん」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

戒に引っ張られて、歩き出すが俺は彼女たちを振り返った。

 

 

「ねえ、ちょっと」

 

 

俺が声を掛けると女たちはぱっと顔を明るくさせた。

 

 

「君らみたいな女の子がもらって嬉しいものって何?」

 

 

「え~誰かにプレゼントですかぁ?」

 

 

ちょっと不服そうに唇と尖らせる。

 

 

「まぁ…娘……に?」

 

 

「へぇ。そんな大きな娘さんがいるんですか??若そうに見えるのに」

 

 

若けぇんだよ。俺に戒みたいな歳のガキなんていてたまるか。

 

 

そんな心情を露知らず女たちは首を捻って考えている。

 

 

 

 

 

P.190


 

「服とかバッグとかアクセとか?」

 

 

その辺はさっき俺らも考えたんだよ。

 

 

「あ…あとぬいぐるみとか?」

 

 

ぬいぐるみ……そうかその手があったか。

 

 

「ありがとう。それじゃ」

 

 

俺は手を上げ、その場を立ち去った。

 

 

「あ~あ……あの女の子たち琢磨さん狙いみたいだったのに、良かったの?」

 

 

「はぁ?俺?お前だろ」

 

 

「だって、ずっとあっつい視線であんたを見てたよ。女の子ってさ、可愛いよりかっこいい男が好きだよな。しかもクールで寡黙な大人の男。包容力がありそうってな具合で」

 

 

「いや…そりゃどうか知らんが…」

 

 

俺はお前の方が女にもてると思うが?

 

 

爽やかで、優しそうで、害がなさそうな男……

 

 

朔羅もそんな男を好きになるのだろうか…

 

 

戒を好きになるだろうか―――

 

 

今んところまだ気を許してない感じはするが。

 

 

でも時間の問題だろうな……

 

 

俺が朔羅の傍にいる時間よりも、戒といる時間の方がずっと長い。

 

 

胸の中でもやもやした何かが芽生える。

 

 

嫌な感情だった。

 

 

「でもさ。あのヒトたち思いも寄らないよね?まさか琢磨さんが極道のトップにいる人間だなんて」

 

 

戒はにこにこして言った。

 

 

現実はそう……

 

 

俺は極道を束ねるトップで、頂上であり続けなければならない。

 

 

 

 

 

でも老いた獅子が若い獅子に挑まれ、怯むよう……

 

 

 

俺は戒の存在が少し……

 

 

 

 

 

怖いんだ。

 

 

 

 

 

 

P.191


 

「あ、これいいじゃん。朔羅にそっくり」

 

 

と言って戒が手にとったのは白いアザラシのぬいぐるみだった。

 

 

「どこが似てるんだ?」

 

 

「ごのぼけっとした緊張感のない顔がそっくり♪」

 

 

戒はにこにこしてぬいぐるみを両手で持ち、俺に見せた。

 

 

まぁ…確かに。似てないわけじゃない。

 

 

って、こんなこと思ってるって知れたらあいつに殴られるな。

 

 

「白くてふわふわしててさ、お目めぱっちりのところも似てない??」

 

 

戒が俺の目の前までぬいぐるみを持ってくる。

 

 

白くてフワフワ……

 

 

「ん~~~」俺はぬいぐるみに近づいてじっくりと見た。

 

 

すると戒がひょいと、自分に向かせる。

 

 

「決めた!これにしようぜ。お前可愛いもんな♪」と言って戒はチュッとぬいぐるみにキスをした。

 

 

「……何やってんだよ、おめぇは」

 

 

すると戒はにやりと不敵な笑みを浮かべ、俺をちょっと見上げた。

 

 

う…不吉な笑顔だ…

 

 

「あいつさ、単純だからあんたがくれたぬいぐるみに絶対チューすると思うね」

 

 

「はあ…?」

 

 

「朔羅と間接チュ~」にやにや笑って、戒はレジに行った。

 

 

何言ってやがんだ。こいつ。

 

 

戒も大人びてる(というか生意気)だけど、こう言うところはまだまだガキで、可愛いな。

 

 

 

 

P.192


 

風呂から上がって、戒の部屋にいくと布団が敷いてあった。

 

 

誰かが敷いておいてくれたんだな。

 

 

俺はその上にあぐらをかくと、ショッピングモールで買ったぬいぐるみの紙袋を手繰り寄せた。

 

 

何だかバタバタして渡しそびれちまった。

 

 

さすがにこの時間だと朔羅も寝てるだろうな。

 

 

起こすのも悪りいし、明日にするか……

 

 

そう思って布団の上にごろりと横たわる。

 

 

 

 

 

この部屋は……

 

 

 

百合香(ユリカ)が使っていた部屋だ。

 

 

 

きれいで、優しかった血の繋がらない俺の姉貴―――

 

 

俺は彼女に恋をしていたときもあった。

 

 

だがそれは漠然としたもので、掴みどころがないものだった。

 

 

百合香の娘、朔羅に対しては―――?

 

 

 

 

俺は今まで色んな女と付き合ってきたけど、朔羅に対する感情の非にならなかった。

 

 

あいつは俺の中で特別だ。

 

 

百合香に抱かなかった燃えるような感情と、何もかも奪ってやりたい汚い気持ち、それから誰よりも大切に慈しみたいという気持ちが混在して、俺の中をいつもかき乱す。

 

 

 

そんな女初めてだ―――

 

 

 

ぼんやりと考えてると、人の気配を感じた。

 

 

ほんのかすかな気配だったが、誰かが部屋の外に居る。

 

 

 

「誰だ!」

 

 

俺は乱暴に引き戸を開けた。

 

 

 

 

 

 

桜―――……?

 

 

 

 

淡い色をした花びらが舞っていて、その中に女が一人。

 

 

とても幻想的だった。

 

 

いや、幻覚だと思っていてもその中にいる愛おしい人は現実に姿を現していた。

 

 

 

 

舞い散る花と同じ名前を持つ俺の愛しい女。

 

 

 

 

「朔羅……」

 

 

 

 

 

 

 

P.193


 

 

朔羅にアザラシのぬいぐるみをプレゼントするとこいつは思った以上に喜んでくれた。

 

 

「可愛い!☆」

 

 

なんて言って抱きしめる。……までは良かったんだ。

 

 

 

 

 

「はじめまして♪朔羅だよ~」

 

 

そう言って朔羅はアザラシに挨拶のキスをかました。

 

 

「な……!」

 

 

俺は慌てた。

 

 

「へ?」

 

 

朔羅がびっくりしたように俺を見る。

 

 

「……いや。何でもない」

 

 

戒……おめぇ凄ぇな。朔羅の行動を読んでやがる。

 

 

って言うか戒と間接キスじゃねぇか!!

 

 

そんなことを思ってはっとなった。

 

 

たかが間接キスだ。俺、何そこまで動揺してんだ?

 

 

でも間接キスでもいい気はしない。

 

 

朔羅の唇は俺のもんだ。いや、唇だけじゃねぇ。こいつの全部を……他の誰にも渡したくない。

 

 

 

何を思ったのか朔羅はちょっと吹き出して笑った。

 

 

「アザラシに妬きもち?叔父貴って可愛い☆はい!叔父貴にも挨拶のチュー」

 

 

朔羅はアザラシを俺の口元に近づけると、「チュッ」言ってとキスさせた。

 

 

朔羅との間接キスは普通にいいんだが…戒とも間接キスをしたことになる。

 

 

 

 

 

何か複雑……

 

 

 

 

 

P.194


 

 

朔羅と一緒に居たい。離したくないな……

 

 

「一緒に寝るか?」

 

 

そう提案すると、朔羅は「いいっ!」と俺を拒んだ。

 

 

正直拒まれると思ってなかったら軽くショックだ。

 

 

それでも俺は何とか説き伏せると、朔羅を布団の中に招き入れた。

 

 

腕枕をして朔羅を抱き寄せると、朔羅は固まったように体を緊張させた。

 

 

怖がらせてはいけない。

 

 

そう思って何気なく話題を振る。

 

 

不思議だな……腕枕なんて今まで何人もの女にしてきたことなのに、今更ながら照れる。

 

 

緊張してるのは朔羅じゃなくて、俺なのかもな……

 

 

「この前、目が覚めたら朔羅がいなくて寂しかったんだぞ?」

 

 

「え?いやぁこないだは叔父貴疲れてそうだったし、起こすの悪りいかなーって思って…」

 

 

可愛い朔羅。優しい朔羅。

 

 

俺の大切なお姫様。

 

 

俺はキュッと朔羅を引き寄せた。

 

 

「今日は離れて行かないでくれよ?朝目が覚めて、隣に朔羅がいると俺は一日幸せなんだ」

 

 

朔羅と一緒に寝たことはこれまでも何度かある。

 

 

朝目覚めて朔羅の安心しきった寝顔を見ると―――俺は欲情する……

 

 

 

 

―――じゃなくて!!幸せなんだ……

 

 

 

今まで色んな女と朝を共にしたけど、朔羅ほど幸せを感じる女はいなかった。

 

 

朔羅は俺にとって特別な存在だ……

 

 

朔羅……大好きだよ…………

 

 

 

「叔父貴……」

 

 

 

「んー……?」

 

 

正直考え事をしながら半分寝ていた。

 

 

 

「ずっと……ずっと朔羅の近くに居てね?」

 

 

 

ずっと…近くに……か……

 

 

 

 

俺もずっとお前の近くに居てお前を見守っていきたいよ……

 

 

 

ずっと……

 

 

 

俺は朔羅が離れていかないよう…放さないよう…

 

 

しっかりと繋ぎとめるみたいに―――

 

 

ぎゅっと力を入れて抱き寄せた。

 

 

 

 

 

朔羅……

 

 

 

 

 

 

 

ごめんな。

 

 

 

 

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