。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。
第二章
『事件です』
コート!?
まぁメガネが謎なのは前々からだったけど……
何てたって蠍座だしぃ。
あたしはそんな挙動不審なメガネよりも、あの夜拳を交えた虎間のことが断然気になるわけで……
と言ってもこっちから会う事なんてできやしない。
あいつがどこに潜伏してるのかさえも分からない。
そういや高校生ぐらいだった…せいぜいいってても大学生ぐらいだ、ガッコとかどうしてるんだろ?
やっぱ地元の関西かなぁ。
大阪行ったら会えるんかなぁ。
っつーても、大阪なんて広いし。もちろん虎間一家の家がある場所なんて知らない。
叔父貴は知ってるだろうケド、そんな危険なこと教えてくれるはずもないだろうし…
そんなことを思って一週間ぐらいが過ぎていった。
梅雨の時期に入り、庭には水色や紫といった紫陽花が咲き乱れ、しとしとと降り注ぐ雨の中、葉っぱの上をかたつむりが懸命に行ったり来たりしている。
あたしは、と言うと……
広い廊下を行ったり来たり。
「メガネ~!おいっ。どこだよ!?夕飯の時間だっ!!」
大声で呼びかけても返事がない。
こんなことは珍しくない。メガネはひょっこり家からいなくなることがある。
組のもんは大概どこにいるか気配で分かるけど、メガネはまるで存在自体消えてしまったかのように……今までのメガネがまるで幻だったかのように……
きれいに消えうせることがあるんだ。
「ったく、どこ行ったんだよ!」
あたしはメガネの部屋の前で、む~んと仁王立ちになって顔をしかめた。
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部屋を覗いてみようかどうか迷った。
あたしは、組の他のもんに対してもそうだけど滅多なことがない限り、こっちから部屋を勝手に覗くことはしない。
親しき仲にも礼儀あり、だ。
襖を軽く掌で叩く。
……もちろん、返事はない。
「メガネ?……寝てんのかな?」
うーん……
ちょっと悩んだ末、あたしは思い切って襖をそろりと開けた。
畳の八畳間は薄暗く、メガネの姿は当然なかった。
メガネの部屋は前あたしの母さんが使ってた部屋だ。
以前叔父貴が泊って、あたしも一緒に寝たことがある。
そのときはまじまじと見てはなかったけど…
何か……生活感のねぇ部屋。
物が少ないというか。
押入れの手前に布団が三つ折にして畳んである。折りたたみ式のちゃぶ台が一つ、手前に置いてあった。
壁には学校の制服がきちんと吊るされ、その足元に鞄が置いてある。
ぐるりと見渡し、あたしは押入れがほんの少し開いていることに気付いた。
中から衣服のような黒いものがちょっと飛び出てる。
「あいつ、几帳面なんだか、そうじゃないんだか…」
ちょっと苦笑して、その服を押入れにしまい込もうとするため押入れをほんのちょっと開けた。
手前に詰め込んでいたんだろうな、襖を開けると同時に、黒い衣服がばさりと足元に落ちてきた。
「あ~あ…やっちゃった」
屈みこんであたしは黒い服を拾った。
それは服と言うより―――薄手のトレンチコートで……
ちょっと裏返った裾を見てあたしは目を開いた。
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「これ…!!」
コートを引っつかむようにして、目に近づける。
バーバリー柄の……裏地―――
それはあの夜―――
虎間が着ていたトレンチコートだった。
見間違い……?
偶然!?
あたしはトレンチコートを凝視して、何か他に手がかりがあるか探った。
襟の部分にバーバリーのタグがついていて、その下に
KAI.Tと黒い文字で刺繍がしてある。
「戒.T―――戒 虎間……………?
どういう……こと……?」
あたしはコートを凝視すると、今にも暴れだしそうな心音を宥めるように胸に手を当てた。
どうしてこれをメガネが持ってるんだ!?
「ここで……何やってるの?」
その恐ろしいまでに冷静なメガネの声がすぐ後ろで聞こえ、あたしはびっくりしてトレンチコートをバサリと畳の上に落としてしまった。
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「メ、メガネっ!!」
あたしは振り向いた。
疑心に満ちた目を目一杯開いて。
「人の部屋で何やってるのさ~」
メガネはのんびりといつもの口調で答えた。
そして、ちょっと苦笑しながらトレンチコートに目を向ける。
「メガネ…………これ、お前の?」
メガネはトレンチコートを拾い上げると、ちょっと考えるように目だけを上にあげた。
「うん。クリーニングに出そうと思ってたんだよね」
いつもと変わらない柔らかい笑顔。
そこには何も後ろめたいことが隠されていなかった。
あたしの思い違い―――??
それともすっとぼけてるだけ―――??
「メガネ、お前…………虎…」
と言いかけたところで、
「あ!いたいた。お嬢にメガネ、もう夕飯の支度できてますよ!みんな揃ってるんだから」
とタクがひょっこり顔を出した。
「あ。今行きま~す♪朔羅さんも行こっ」
にこっと微笑んで、何でもないようにトレンチコートを畳の上に置いた。
「………え?……うん……」
あたしはそう答えるしかなかった。
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食事時のメガネは……いつもと全く変わらなかった。
いつもどおり―――……ってか良く食うな!!
ま、こいつの食欲が並外れてるのはいつもと変わらないけど。
そんなに良く食うのに何で細いんだよ。
でも前に一回触ったことがある(ってか触るっても辺な意味じゃなくてね)けど、あいついい筋肉してるんだよな……
そう言えば、体格や背格好がどことなく虎間に…………似てる――――
「朔羅さん。おかわり♪」
いつもどおり笑顔で茶碗をあたしに寄越すメガネ。
体格が似てても……
声が違うんだよなぁ。
虎間のはもっと……1トーンも2トーンも低くて、ドキッとするような色っぽい声だった。
喋り方は軽いのに、迫力があって……でも威圧的ではない不思議な声だった。
こいつのはもっと高く……っても普通の男子高生の声だけど、声に重みがなく喋り方も声音も優しい感じ。
まぁ関西弁だったってこともあるから聞こえ方が違うのかもしれないけど……
仮にこいつが虎間だったらと仮定して、まぁ思い当たる節はいくつもある。
以前こいつは野球は阪神ファンだと言った。それからもんじゃがだめなこと……
ってそれぐらいしかねぇじゃん。確信は持てねぇ!
大体関東人でもそんな人間いっぱいいる。
現にキョウスケだってそうだ。
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あ~~~もうっ!!
全っ然分かんねぇ!!!
あたしは風呂場の湯船に浸かりながら一人で叫んだ。
でも……
よぉく考えてみろ!?
叔父貴がメガネを養子にしたのって、白虎との盃の話が出た頃じゃねぇか?
でも白虎の虎間の息子を養子にして、叔父貴に何のメリットがあるってんだよ!
それに―――
虎間の強さはダテじゃない。
あいつの強さはホンモノだった。
でもメガネは正直言ってひ弱そうだし……とてもじゃないけどあたしの相手になるような男じゃない……
それにキス!!!
メガネが虎間だったらキスなんてしてこないよ!!
だってあいつは男が好きなんだからっ!
でもそれが全部嘘だったら―――?
あれこれ考えるとどんどんこんがらがってくる。
「ダメだ!!まとまんねぇ!!」
半分のぼせかけたあたしは考えるのを一時中断すると風呂から上がった。
バスタオルを体に巻いて、鏡の前で髪を拭く。
ズキッ!
腕に痛みを感じあたしは思わず顔をしかめた。
鏡の中のあたしも同じように顔をしかめている。
あたしはちょっと腕を持ち上げた。
肘から15cmほど上のところに青あざが浮かんでいる。
「あー…アザになってらぁ」
ったく!虎間の野郎!!女の体を傷物にしやがって!←(使い方違う)
…………
ん?でも―――!!!
あたしは閃いた。
あたしの腕に青あざがあるってことは!!虎間の脚にも同じアザがあるってことだよな!!?
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次の日の朝―――
あたしはいつもより1時間も早く起きだして来た。
メガネは低血圧でギリギリまで寝てるから、早くに起きだしてくる心配はねぇだろうけど…
それでも念には念を入れて。
マッハで朝食の支度を済ませると、あたしはメガネの部屋の襖をそろりと開けた。
足音を殺して部屋に入るとそろりとメガネの様子を窺う。
メガネは部屋の中央に敷いた布団でぐっすりおねんね中だ。
枕元に畳んだメガネが置いてある。
メガネは布団の端っこを抱きかかえるようにして丸まっていた。
ホントに寝てるかどうか心配であたしはそっとメガネを覗き込む。
メガネは長い睫を伏せて心地よさそうに寝息を立てていた。
幸せそうに唇の端がわずかに上がってる。
ちょっと細めの眉も、整った鼻梁も……
…………
ってか!!
何この寝顔!!
すっげー可愛いんですけどっ!!!
もともと美少年だってことは知ってたけど……
なんてぇの?無防備な寝顔があまりにも……!可愛い…じゃなくてかっこいい☆だ!!
涎が出そうになってあたしは慌てて口元を拭った。
何かちょっとリコや学校の女子が騒ぐ気持ちが分かった気がする。
って……イカンイカン…
メガネの寝顔に見惚れてる場合じゃねぇ!!
確かめなければっ!!
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あたしは這うようにしてメガネの足元に回りこんだ。
「失礼しま~す」と一応一言断りを入れ、あたしは布団をめくった。
淡いブルーのパジャマの裾が見えて、すんなりした足の指先がちょっと出てる。
あら。なかなかのおみ足で。
って、違~う!
早く確かめなければ!!
あたしはそろりとメガネの足に手を伸ばすと、パジャマの裾を掴んだ。
「……う」
メガネの小さな声が聞こえて思わず手が止まる。
するとメガネは、
「うに!」と声をあげた。
ドッキーン!!!
心臓が飛び出るかと思うぐらいびっくりした!
ドキドキと逸る心臓を押さえ、メガネを見るとメガネは起きだしてくる気配がなくすやすやと寝息を立てている。
「ってか寝言かよ。寿司でも食ってんのか?夢の中でも食いもんかよ」
ぶつぶつ言って、あたしはメガネの足元に視線を戻した。
気を取り直して…
そう思って裾を上げたその瞬間―――
「何やってんの……?」
メガネの掠れた声が頭上から降ってきた。
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あたしはびっくりして目を開いた。
メガネは半身を起こして、寝起きの半目でじっとあたしを見ていた。
寝起きのメガネ…
髪にちょっと寝癖がついていて、目つきがいつもより鋭い。
ってか、寝起き―――
ヤバイ!!
何でこいつこんなに色っぽいの!?
「な、何って…これは、その……」
だ~~~!!あたしのバカっ!!!言い訳を考えてなかったぁ!!
メガネは訝しげに目を細めると、呆れたように小さく吐息をつき、
「覗きの次は痴漢?勘弁してよね」
と掠れた声で小さく言い、めんどくさそうに頭を掻いて布団を引き上げた。
そのまま頭まで布団を被ると、横になる。
肝心の足もきっちり布団にしまっている。
「ち、違っ!!」
って何が違うんだ!やってることは痴漢そのものじゃねぇか!
自分のやろうとしていることが、今更ながら恥ずかしくなってあたしは顔を真っ赤にさせた。
メガネは布団にくるまると、再び寝息を立てている。
「ってか、また寝るンかよ……ホント低血圧なんだな…」
自分のことは棚にあげ、半分呆れてメガネを見るとあたしは立ち上がった。
確かめることに失敗したから、もうここに用はねぇ。
次の作戦を考えるか…
なんて考えてると、布団からメガネの手だけがにゅっと出てきて、“おいで、おいで”をしている。
あたしは訝しんでメガネを見下ろした。
「何だよ…まだ文句ある…」
と言いかけて、腕をぐいと引っ張られた。
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「わ!」と声を上げてあっという間に布団に引き込まれる。
「な!なんっ!!」
あたしはメガネに抱きしめられるように、布団の中に居た。
「痴漢ならわざわざ寝込みを襲わなくてもいいよ~。堂々と来なよ」
そう言ってぎゅぅとあたしを抱きしめる。
「ち!違っ!!痴漢じゃねぇ!!」
あたしはメガネを引き剥がさそうと、こいつの肩を押したけど…
びくりともしねぇ。
それどころか……
メガネはあたしを抱きしめたまま、どうやら眠りに入っているようだ。
寝息が聞こえる。
こいつ……寝ぼけてる??
「ちょっとメガネ!起きろ!!」
あたしは怒鳴ったけど、メガネは目を開ける様子がない。
っていうか、より一層力を込めてあたしを引き寄せるとあたしの首元に顔を埋めた。
「ん~……」と小さく声を漏らし、
「俺、朔羅のこの香り好き~」
とのんびり言った。
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寝ぼけてるからだろうか……
一人称が“僕”から“俺”になってるし、あたしのことも“朔羅さん”じゃなくて、“朔羅”なんて呼び捨てだ。
……別にいいけど。
何だか違和感。
なんてぇの?いつものふわふわしたメガネじゃないっていうか…
ちょっとやんちゃな感じだ。
まぁどっちでもいいけど。
ってかこの状況どうすればいいの!?
メガネはあたしを抱き枕代わりにしてるし、あたしはそんなメガネから逃げることができない。
これじゃメガネが虎間かどうか確かめることもできねぇ!!
「ちょっとメガネ!」
あたしが何を言っても起き出す気配がない。
―――どうすればいいんだよ!!?
あれこれ試みたけどメガネは起きだしてくる気配がなくて、とうとうあたしは諦めた。
こいつの寝起きの悪さに感服するよ。
そんなことを思いながらも、メガネの腕の中はあったかくて心地よくて……あたしもいつの間にかうつらうつら。
―――
「おはようございます。朝ですよー……ってお嬢!!」
キョウスケの声が聞こえたとき、それこそびっくりし過ぎてあたしは固まった。
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