。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

使用中!?

 

「498点ってどうなの?あと2点じゃん。ほとんど満点ってことだよね」

 

 

リコが感心したように顎に手をやった。

 

 

ってか!!

 

 

あいつあんなに頭良かったの??そんな風には見えなかったけど。

 

 

家でも勉強する姿を見ることもなかったし。

 

 

ダテにメガネを掛けてるわけじゃなかったんだな。

 

 

 

「次の期末試験の勉強のとき、あたし龍崎くんに教えてもらおっと♪」

 

 

リコが何やら不気味なことを言っている。

 

 

「教えてもらうって?」

 

 

「や~ん、朔羅言わせるつもり?二人きりで手取り足取り…」

 

 

リコが顔を赤らめて、両手で頬を覆った。

 

 

 

 

 

 

ないないない。

 

 

 

 

だってあいつは男が好きなんだぜ?

 

 

ま、そんなことリコには言えやしないけど。

 

 

 

 

「俺も教えてもらおっかなぁ。さすがに赤点は取りたくないし」

 

 

千里が真面目くさった顔で言った。

 

 

手取り足取り……

 

 

こいつならありえるかも。

 

 

あたしは千里の肩をぽんと軽く叩いて、顔を近づけた。

 

 

「やめとけ。貞操の危機だぞ?」ぼそりと呟いて忠告する。

 

 

「は?何!貞操の危機?どぅいうことだよっ」

 

 

千里の問いかけを無視してあたしは掲示板に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

P.149


 

メガネがうちに来てもう2ヶ月も経つのかぁ。

 

 

時が経つのって早い。

 

 

 

 

ってかホントに早いよ!

 

 

ここ一ヶ月程叔父貴と会ってないし、連絡もとってない。

 

 

つまりあれ以来何も進展なし。

 

 

新しいケータイに叔父貴の着信がないのが寂しい。

 

 

メガネには……連絡してるのかな?

 

 

戸籍上だけとは言え、一応息子になるわけだし。

 

 

「あ~!!もぅっ!うだうだ考えるのは性に合わねぇっ。こういうときは風呂に入るのに限るな」

 

 

あたしは1階の風呂場まで足を運んだ。

 

 

入り口に木でできた掛札を下げてある。

 

 

でっかく『空室』と青字で書いてあって、その裏は赤字で『使用中』の文字が。

 

 

あたしは札を『使用中』にして、風呂場に入った。

 

 

湯船やすのこは檜でできてる。

 

 

いい香り♪

 

 

この日本人的な香りに包まれてゆっくり風呂に入るのが至福のとき。

 

 

 

 

その気になりゃ一時間でも二時間でも入ってられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.150


 

たっぷり時間をかけて風呂を満喫すると、鼻歌を歌いながらあたしは脱衣所に出た。

 

 

入り口に背を向けてバスタオルで体を拭いてると、

 

 

 

 

 

ガラッ

 

 

 

 

いやぁな音がして、あたしは顔だけをそろりと入り口に向けた。

 

 

 

 

 

「あ、ごめん。使用中だった?」

 

 

 

 

 

入り口の引き戸を開けたメガネとばっちり目が合ってしまった。

 

 

 

メガネは顔色一つ変えてない。

 

 

 

猫か何かを見たような、そんな顔つきだった。

 

 

 

 

 

 

「ぎ……ぎぃやぁあああああああ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

あたしの叫び声が家中に響き渡ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.151


 

ドタッ!バタバタバタ!!

 

 

何人もの激しい足音がして、

 

 

「「「お嬢!何があったんです!?」」」

 

 

と野郎共の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

み……見られた!!(後ろだったけど)

 

 

ぐわぁぁぁああああ!!!

 

 

もうお嫁にいけないっ!!

 

 

 

なんて一人で悶えてると、

 

 

 

「「「お嬢!!!」」」

 

 

 

と外から野郎共の声が。

 

 

今にも扉を蹴破ってきそうな勢いだ。

 

 

あたしは、はっとなった。

 

 

そうだ!メガネ!!あいつ袋にされっかも!!!

 

 

 

あたしはバスタオルを体に巻くと、引き戸を開けた。

 

 

 

 

ガラッ

 

 

 

目の前に血相を変えた野郎共が群をなしていた。

 

 

「「「お嬢!どうされやした!?」」」

 

 

 

 

メガネの姿は……

 

 

 

なかった。

 

 

 

 

 

P.152


 

 

「あれ?」

 

 

あいつ…どこ行ったんだ?

 

 

あたしがキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 

 

「お嬢!もしかして“あの野郎”が出たんですかい?」

 

 

マサが今にも飛び掛ってきそうな勢いで聞いてきた。

 

 

「あの野郎?」メガネのことか?

 

 

「ほら、黒くて光ってる、Gの野郎ですよ」

 

 

タクが答える。

 

 

黒くて光ってる……G…

 

 

う゛

 

 

あたしは思わず口を覆った。

 

 

その名を口に出すのもおぞましいGOKIBURIの野郎のことを言ってると気づいた。

 

 

そう、あたしがこの世で最も苦手とする“あいつ”それはゴキブリだ。

 

 

あの野郎を見た日にゃ、一日寝込むぐらいの勢いだからな。

 

 

「何だ、違うんですかい」

 

 

一同がほっと安堵のため息を漏らし、急に真顔になると全員顔を赤らめた。

 

 

 

 

首を傾げて自分を見ると、あたしはバスタオル一枚を巻いただけの格好だったことに気づく。

 

 

 

「わ゛~~~!!」

 

 

あたしは叫んで、慌てて引き戸をピシャリと閉めた。

 

 

「「「す、すいやせんでした!!」」」

 

 

野郎共の声が聞こえてまたバタバタと遠ざかっていく。

 

 

 

 

 

 

あたしは鏡に向かうと、赤くなった頬を両手で包んだ。

 

 

 

 

 

てか、メガネはどこへ行った―――?

 

 

あたしはホントにメガネを見たんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

P.153


 

 

幻?

 

 

んなわけないよな…。だって声だって聞いたし。

 

 

もう昼じゃねぇけど、あたしは白昼夢でも見たんだろうか。

 

 

髪を乾かして化粧水を塗ると、あたしはパジャマの袖に手を通した。

 

 

そろりと出ると、廊下はしんと静まり返っている。

 

 

う~ん……やっぱ幻だったんだろうか。

 

 

 

 

 

おっと、いけね。

 

 

使用中の札を戻しとかないと…なんて考えて、札に手を触れあたしは首を捻った。

 

 

確かに札は今“使用中”になっている。

 

 

 

 

 

メガネがこれを見落とすなんてことないだろうし、やっぱあれは幻だったのか~

 

 

変な声出してすまなかったな。

 

 

心の中で野郎共に謝ると、「なぁんだ♪」と言いながらスキップをした。

 

 

「あたしが見たのはMA BO RO SI☆」

 

 

変な歌を歌いながら、台所へ向かうと、メガネがダイニングテーブルの椅子に腰掛けて、お茶を飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

P.154


 

 

「よ……よぉ」

 

 

あたしはぎこちなく手を上げた。

 

 

いくら幻だったからって、何だか今顔を合わせるのは気恥ずかしい。

 

 

「朔羅さん……さっきはごめんね」

 

 

メガネはグラスをテーブルに置いた。

 

 

「おぅ!いいってことよ」

 

 

 

 

 

 

―――――って!!!どうぃうことでぃ!!?

 

 

 

 

 

 

冷蔵庫の蓋を開けていたあたしはびっくりして、メガネを振り返った。

 

 

メガネはバツが悪そうに眉を寄せて、

 

 

「空室になってたから、てっきり誰もいないものだと思ってたんだ」

 

 

「って、てててて―――!!!」

 

 

変な言葉が口から飛び出る。

 

 

「お前……あれは幻じゃなかったのか?」

 

 

「は?幻?」

 

 

メガネはキョトンとして、今度は訝しむように眉を吊り上げた。

 

 

「さっき風呂場で……」

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ。背中しか見えなかったし」

 

 

 

 

 

バタッ!!!!

 

 

 

 

あたしはその場で引っくり返った。

 

 

 

 

 

P.155


 

 

「朔羅さん!!」

 

 

メガネが慌ててあたしの背中を支える。

 

 

「だ、大丈夫?そんなにショックだった?」

 

 

ショックもなにも……

 

 

 

 

 

「やっぱお嫁に行けねぇ―――」

 

 

 

あたしはメガネに支えられたまま叫んだ。

 

 

 

 

 

「何だ、そんなこと心配してたの?大丈夫だって。見たの背中だし。お嫁に行けないんなら僕のお嫁さんになればいいじゃないか」

 

 

 

メガネはマイペースにくすくす笑ってる。

 

 

 

 

「な…!何言ってんだよ!!誰がお前の嫁なんかにっ!!」

 

 

てかお前は女に興味がないんじゃないかよ!

 

 

あたしはメガネの腕を乱暴に振りほどくと、よろける足取りで何とか立ち上がった。

 

 

「ていうか、朔羅さんの背中って真っ白できれいだね」

 

 

「はぁあ!!!?」

 

 

何言い出すんだ、こいつは!!てかしっかり見てんじゃねぇか!

 

 

「極道の娘さんだから、背中に刺青でもあるのかと思ったけど」

 

 

メガネはちょっと考えるように、遠くを見た。

 

 

「あたしゃただの女子高生だよ!んなもん背中に背負えるかっ!」

 

 

「そう?」

 

 

メガネは柔らかくにこっと笑った。

 

 

う゛

 

 

だから、その笑顔は反則だって!

 

 

何でも許せちゃう気がするから。

 

 

 

 

 

P.156


 

 

「き…気を取り直して、あたしもお茶……叫びすぎて喉が痛い…」

 

 

情けなねぇな…そんな風に思いながらウーロン茶のペットボトルを取り出す。

 

 

「はい。どぉぞ」

 

 

メガネがさっとグラスをあたしの前に差し出す。

 

 

「お前はホストかよ」

 

 

あたしは嫌味たっぷりでメガネを睨みつけた。

 

 

「気が利くって言ってほしいな。でも……朔羅さんって意外に腰のラインとかきれいだったよね。もっと幼稚体系かと思ってた」

 

 

メガネはわざと冗談ぽく笑った。

 

 

あたしのショックを和らげてくれてるんだと分かった。

 

 

けど―――…

 

 

 

 

 

あたしの手からメガネから手渡されたグラスが落ちた。

 

 

 

ガチャンッ!

 

 

 

派手な音がしてグラスが割れる。

 

 

 

 

 

 

「ごめん……僕、また変なこと言った?」

 

 

 

 

足元から、頭のてっぺんまで恐怖と憎悪が一瞬で通り過ぎた。

 

 

目の前がぐにゃりと歪んで、吐き気を覚える。

 

 

手が…脚が…震えが止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしは、がくり……と膝をついた。

 

 

 

 

 

P.157


 

「朔羅さん!?」

 

 

メガネが慌ててしゃがみこみ、あたしの肩に手を置いた。

 

 

支えようとしてくれてるのは、分かる。

 

 

だけど、触れては欲しくなかった。

 

 

それは肩ではなく、隠し通してきた黒い過去に触れられた感触に酷く似ていたから。

 

 

 

 

 

あたしは乱暴に手を振り払った。

 

 

 

 

「触るな!」

 

 

大声で怒鳴った気がするけど、実際には声になったかどうか分からない。

 

 

「朔羅さん……」

 

 

両手で抱きしめるように肩を抱えた。

 

 

 

 

 

「見るんじゃねぇ……」

 

 

「え?」

 

 

「あたしをそんな風に見るんじゃねぇって言ってんだ!!」

 

 

今度こそあたしは今出るだけの大声でメガネを怒鳴りつけた。

 

 

「朔羅さん……」

 

 

 

どうすればいいのか分からないと言ったようにメガネが困惑して、わたわたと手を上下させてる。

 

 

あたしは無言で立ち上がると、よろめく足取りで台所を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キレイダヨ。朔羅……

 

 

 

オ前ハ一生、俺ノモノ

 

 

 

 

 

 

 

いつまでも……いつまでも“あの男”の声があたしの後をついてくる。

 

 

 

 

そんな気がしてならなかった。

 

 

 

 

もう大丈夫だって分かってるのに…

 

 

 

 

 

だって“あの男”はもう死んだんだ。

 

 

 

 

 

 

アタシガ殺シタ

 

 

 

 

 

 

 

 

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