。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

転校生!?

 

「あー、今日は転校生を紹介する」

 

 

何か……

 

 

このパターンって。嫌な予感がする…

 

 

「入って~」

 

 

その声を合図に、男が一人遠慮がちに顔を出した。

 

 

教室が一気にざわめきだす(特に女子)

 

 

「キャ~!かっこいい♪」

 

 

「イケメンよ」

 

 

「ヤバイ!恋に堕ちそう」

 

 

 

やっぱり……

 

 

あたしは思わず顔を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり。あの死体男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.9


 

「龍崎 戒(リュウザキ カイ)です。よろしく」

 

 

 

 

え……龍崎って?

 

 

 

「偶然?お前と一緒の苗字だぜ」

 

 

すぐ後ろの席で千里があたしをつついた。

 

 

 

「あ……あぁ」

 

 

あたしは曖昧に返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

偶然―――?

 

 

 

このときあたしにはただの偶然に思えなかった。

 

 

 

何か狡猾に裏で糸を引かれているような……

 

 

 

不穏で、不吉な予感を感じ取っていたんだ。

 

 

 

 

 

だけど、それがやがて“あたしたち”の運命を大きく変えるとは

 

 

 

 

そのときのあたしには

 

 

 

分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.10


 

「ね~龍崎くんってどこから越してきたの?」

 

 

「あ、あたし校舎を案内してあげようか」

 

 

「あ~ん、あたしが案内する」

 

 

死体男もとい龍崎 戒はあっという間にクラスの(というか女子の)人気者になった。

 

 

 

 

 

「すっごい人気だね」

 

 

ちょっと唇を尖らせてリコが遠巻きで女子に囲まれてる死体男を見ている。

 

 

「なんで女子はあんな弱っちそうな優男がいいんだろうな」

 

 

千里はリコとは違う意味で、ふてくされながら同じように死体男を見た。

 

 

 

 

そうかな。

 

 

 

龍には……伝説の生き物だが、一枚だけ逆さになった鱗が存在する。

 

 

その鱗に触れた者は殺されるという言い伝えがある。

 

 

今で言う“逆鱗に触れる”って言葉はここから来てる。

 

 

 

 

 

あいつは……

 

 

 

あの優しい笑顔の下に何か隠してる。

 

 

 

そんな気がしてならねぇ。

 

 

 

 

P.11


 

ブーブー

 

 

ふいにあたしのケータイがスカートのポケットの中で震えた。

 

 

誰からだ?

 

 

ケータイをポケットから取り出すと

 

 

 

メール受信:叔父貴

 

 

 

となっていた。

 

 

 

 

 

“学校が終わったら本社に来て欲しい。

 

 

話したいことがある”

 

 

 

 

短い文だったけど、あたしはぱぁっと顔色を変えた。

 

 

もう死体男のことなんてどこへやら。

 

 

 

 

幸いにも今日は始業式だけで、授業はない。

 

 

帰ろうと思えばいつでも帰れる状況にあるわけだ。

 

 

あたしは慌てて荷物をまとめると、

 

 

「何?朔羅帰んの?」という千里の言葉にも適当に手を振って

 

 

「うん♪ちょっと用事ができちゃった」

 

 

と明るく言って席を立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

P.12


 

「バイバ~イ」

 

 

リコの明るい声にも返事を返してあたしはいそいそと教室を出た。

 

 

ほとんど走るように校舎を出て、電車に飛び乗った。

 

 

 

 

叔父貴に会える。

 

 

 

 

大好きな叔父貴に。

 

 

 

 

 

それだけで、今はいっぱいだ。

 

 

 

 

――――

 

 

 

「相変わらずでっけービル」

 

 

あたしはドンと建ちあがった灰色のビルを見上げた。

 

 

洗練されたデザインの幾何学模様を描いたガラスがキラキラ光っている。

 

 

 

 

青龍会四代目―――龍崎 琢磨はあたしの叔父だ。

 

 

死んだ母さんの弟で、27歳。独身。

 

 

 

 

 

日本の極道は今、4つの巨大勢力に別れている。

 

 

東の青龍、関東一帯を統治している。うちの組もそこに属している。

 

 

南の朱雀会は九州地方、沖縄を。

 

 

西の白虎。これは関西一帯を。

 

 

北の玄武は福島などの東北地方から上を、各々がそれぞれの役目を担い治めている。

 

 

 

 

これが極道の実体だ。

 

 

 

 

中国の四神を象ったもので、極道の中でも伝説は存在する。

 

 

四神の中央、ただ一人がその座を許される

 

 

 

 

 

 

黄龍(コウリュウ)の存在が。

 

 

 

 

 

“帝王”との異名も持つその存在は極道の中で絶対的な存在。

 

 

 

 

日本に5万と存在する構成員のうち、ただ一人頂上に君臨する者。

 

 

 

 

 

 

それが―――龍崎 琢磨だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.13


 

株取引と物流を手広くやって資金を転がしてる叔父貴はこの“龍崎グループ”を3年前に立ち上げた。

 

 

本人は会社経営は「ほんの道楽だ」とか言ってたけど……

 

 

道楽でこんなでっけービル建てるなんて、あんた只もんじゃねぇよ。

 

 

ぶつぶつ思いながら、あたしはエントランスホールへ足を運んだ。

 

 

受付のおねーさんに、

 

 

「龍崎 朔羅ですけど、会長と約束してるんですが」

 

 

と声を掛ける。

 

 

「お待ちください」

 

 

おねーさんは、にこにこして頷いたものの、隣にいるお姉さんにちょっと目配せして内線電話をした。

 

 

あたしはちょっと離れて待つことにした。

 

 

電話を切ったあとで、

 

 

「ねぇ、あの女子高生また来てるね。まさか…会長の恋人?」

 

 

「まさか!女子高生でしょ?それに苗字も同じだし、親戚とかじゃない?」

 

 

「そうよね。だってまだ子供だし。第一あの会長があんな女子高生相手にするわけないよね」

 

 

って、ひそひそ話をしてる。

 

 

 

 

 

って、聞こえてるっつーの。

 

 

 

まぁ、あたしは傍から見たらただの女子高生で……

 

 

今のあたしがいくら頑張ったって、おねーさんたちみたいな綺麗で色っぽくはなれないけど。

 

 

 

 

 

叔父貴がまともに相手してくれるわけでもなくて。

 

 

 

それが切ない。

 

 

 

P.14


 

茶色い立派な扉の前であたしは足を止めた。

 

 

中から叔父貴のちょっとくすぐるような重低音の声が聞こえてくる。

 

 

だけど内容は全然甘さを含んでいなくて…

 

 

「…何!?あのシマはてめぇんとこの縄張りじゃねぇか。カスリ(上納金)も回収できねぇでどうする。

 

 

―――は?朱雀会のもんが?

 

 

 

貴様!それでも青龍の名前背負ってんのか!?

 

 

いいか。一週間待ってやる。それまでにキッチリ片つけて来い!!―――」

 

 

出だしでこれかよ。

 

 

間違いなくヤクザだな。

 

 

 

 

朱雀会……

 

 

南の極道組織が、こっちまで侵食してるのか?

 

 

叔父貴は今までもあたしにそういうこと一度も言わなかったけど、朱雀と玄武が最近勢力を増して、青龍、白虎を脅かしているという噂がある。

 

 

 

 

「叔父貴~、来たよ」

 

 

あたしは何でもないふりして、扉を開けた。

 

 

 

 

 

「朔羅!久しぶりだな」

 

 

窓際の大きな社長机に座っていた叔父貴はぱっと顔を上げた。

 

 

 

どれぐらいぶりだろう。こうやって叔父貴を見るのは。

 

 

 

 

 

黒い髪はきっちりとオールバックにしてあって、その一房が額に零れ落ちてる。

 

 

切れ長の黒い瞳。キリッと釣りあがった眉。すっと通った鼻筋。意思の強そうなセクシーな唇。

 

 

 

 

その全部が好きだ。

 

 

 

 

P.15


 

かっこよくて、背が高くて、声が渋くて、スタイルが良くて足が長くて。

 

 

叔父貴は超がつくイケメンだ。

 

 

くっそぅ…ヤクザにしとくのはもったいない面だぜ。

 

 

 

 

「随分早かったな」

 

 

叔父貴はさっきのドスの利いた声をどこかへしまいこみ、優しい声音であたしを見た。

 

 

叔父貴はいつだってあたしに優しい。

 

 

うぬぼれていいのかな。

 

 

ちょっとはあたしのこと、女としてみてくれてるって。

 

 

 

「走ってきた。叔父貴に会えるかと思って」

 

 

「お前は相変わらず可愛いな。まあ、そこに座れ」

 

 

か、可愛い!!!

 

 

あたしは顔から火が出る思いで、革張りのソファに腰を下ろした。

 

 

叔父貴も向かい側に腰を据えると、すぐに秘書だと思われる女の人が現れて、紅茶のティーカップを運んできてくれた。

 

 

仕立てのいいスーツを着たきれいな女の人だ。

 

 

いかにもデキそうって感じで、叔父貴の隣に並んでいても違和感がない。

 

 

飲み物を持ってくるタイミングも、あたしたちの好みも熟知している。

 

 

 

くっそぅ。あたしだって10年すりゃ…

 

 

 

あたしは悔し紛れに紅茶のカップに口をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。朔羅さんもそんな顔するんだ。意外な一面を見たな」

 

 

 

ブーーーー!!!

 

 

 

あたしは飲んでた紅茶を吹き出した。

 

 

 

 

今朝の死体男―――

 

 

 

しかもさっき転校してきたばかりのそいつは、いつの間にか叔父貴の後ろに回りこんでいて、腕をソファの背もたれに乗せていた。

 

 

 

 

な、何でこいつがここにいるんだ!!!

 

 

 

 

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