。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

シンデレラ!?

 

―――――

 

 

―――

 

 

午後の授業を無事に(?)終えて、あたしとメガネは真っ直ぐに帰宅した。

 

 

もちろん学校から一緒なわけじゃなくて、駅で会ってからっていう風だけど。

 

 

ていうか、あたしより一足早く下校したメガネが駅のホームであたしを待ってたんだよね。

 

 

なんっであたしがお前と一緒に帰らなきゃなんねぇんだよ!!

 

 

なんてブツブツ文句を垂れてたけど、半ば強引に手を引かれるよう連れ帰された。

 

 

 

 

電車に並んで揺られているときも、駅からの帰り道、歩きながらもあたしは注意深くメガネの顔を観察したけど、相変わらず緊張感のないのほほんとした顔つきだった。

 

 

さっきのあの鋭い蛇みたいなのは、あたしの見間違いか?

 

 

そうとしか、言い様がねぇ。

 

 

 

 

 

 

家に帰ると、着替える間もなくあたしは夕食の準備にかかる。

 

 

毎日の習慣だ。

 

 

食事はいつもあたしとマサ、タクと三人で作る。

 

 

野郎どもに任せてっとホントに肉ばっかになるからな。

 

 

一汁三菜!一日30品目!!

 

 

これは食事の基礎!!

 

 

 

極道なんてやってっと、特に体が資本だからなっ。

 

 

 

 

ちなみに今日の献立は白飯、大根と豆腐の味噌汁、ひじきの煮物、揚げ出し豆腐にぶりの照り焼き、サラダのメニューだ。

 

 

う~ん。我ながら会心の出来♪

 

 

何て思ってっと、茶の間にわらわらと野郎共が集まってきた。

 

 

 

 

 

P.44


 

ゆっくりメガネのことを考えてる暇がなかった。

 

 

って言うか、すっかり忘れてた。

 

 

ま、そんな存在なんだな。きっと。

 

 

でも、メガネ2号から助けてもらったのもあるし、今日はあいつが好きだと言っていた(というよりリコのアンケートに書いてあった)ご飯を茶碗に大盛りにしてやった。

 

 

「あー!!お嬢っ。メガネの俺より飯が多いっすよ!!」

 

 

「あ、ホントだ!」

 

 

「贔屓ですかい、お嬢」

 

 

メガネの茶碗を見て、野郎どもが口々にわぁわぁ喚いた。

 

 

あたしは食事の乗った縦に長いちゃぶ台を一叩き。

 

 

皿が机の上で飛び跳ねてガシャン!と派手な音を立てた。

 

 

でも奇跡的に上に乗ったおかずはこぼれることなく、きれいに皿に収まった。

 

 

さっすがあたし♪

 

 

「うっせーぞ!てめぇら!!文句があるなら飯は抜きだっ」

 

 

あたしの一喝で場はしんと静まり返った。

 

 

隣でメガネが驚いたように目を丸めている。

 

 

 

「「「へ、へい。すいやせんでした!!」」」

 

 

 

「ったく、おかわりならいくらでもあるのに」

 

 

「そういう問題ではないんじゃないかな」

 

 

と何故かクスっとメガネがあたしの横で、笑みを漏らした。

 

 

不思議だ。

 

 

何となく、分かってないなぁなんてバカにされたようだけど、メガネの笑顔はちっとも嫌味じゃない。

 

 

 

バカにされてるんじゃなくて、可愛いなぁ、そんな風に聞こえたのはあたしだけなのか……

 

 

 

 

 

 

 

P.45


 

「「「合掌」」」

 

 

ここで下宿してる野郎ども22人プラスあたしとメガネ。

 

 

合計24人の声が茶の間に響き渡り、その後はもう戦争としかいい様がねぇほど勢いのついた食事が始まる。

 

 

「おい、メガネ。わたわたしてっと喰いっぱぐれるぞ」

 

 

あたしは隣のメガネを見て一応忠告したが、こいつはこいつでマイペースに食事をしている

 

 

ように見えたがその箸さばきは他の野郎どもに負けてなかった。

 

 

 

「大丈夫だよ」とまたのんきに返事を返してのほほんと笑った。

 

 

 

こいつ……あなどれねぇヤツだぜ。

 

 

 

 

 

食事も中盤ぐらいに来ると、一番遠くの席にいたキョウスケが立ち上がってあたしのところへ来た。

 

 

「お嬢。これ好きでしょう?どうぞ」

 

 

と言って机にことりと置いたのは、淡いピンク色をした小鉢に入れられた一片の揚げ出し豆腐だった。

 

 

「え?いいよ。お前食えよ」

 

 

「俺は、他にもう食っておなかいっぱいなんで、お嬢、食べてください」

 

 

キョウスケは無表情に言うと、立ち上がってさっさと自分の席に帰ってしまった。

 

 

いつも表情がなくて、何考えてるからわかんないやつだけどいい奴には変わりないんだよな。

 

 

そう言えばあいつも蠍座だっけ。

 

 

 

P.46


 

キョウスケを拾ったのは1年前の夏。

 

 

まだあたしが高校1年のとき。

 

 

キョウスケは18で家出少年だった。

 

 

着ているものも高価そうだし、物腰も上品。どっかの金持のボンだろうと思ってた。

 

 

雨が降ってる日で傘もなく、宛てもなく家の前をふらふら歩いていたキョウスケに声をかけたのがあたし。

 

 

長く居させるつもりはなかったけど、もう半年以上ここに居着いている。

 

 

よっぽどここが心地良いのか、家に帰りたくないのか。

 

 

キョウスケは叔父貴や直参(ジキサン:直属の部下)たちと兄弟の盃を交わした仲じゃないからいつでも帰ることは出来る。

 

 

ま、そのうち帰りたくなったら帰るだろう。

 

 

 

 

 

「朔羅さん揚げ出し好きなの?じゃぁ僕のもあげるよ」

 

 

にこにこしながら、メガネがあたしの前に小鉢をコトっと置いた。

 

 

「いや…ありがてぇけど、そんなに食えな…」

 

 

「お嬢!あっしのも!!」

 

 

「お嬢俺のも!!!」

 

 

「お嬢っ」

 

 

「お嬢」

 

 

 

なんか……

 

 

前にも激しく似たような光景を目にしたような。

 

 

あっという間にあたしの前には小鉢がずらりと並んだ。

 

 

 

 

 

こんなに食えねぇよ。

 

 

そう思ったけど、何故かあたしはぷっと吹き出した。

 

 

野郎どもがきょとんと同じ表情であたしを見る。

 

 

 

「ありがとな。でもそんなに食えねぇから、みんなで分けてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

P.47


 

――――

 

騒がしい食事が終わると、後片付けだ。

 

 

食べたあとの後片付けは当番制で、今日はあたしとタクの番だったけど……

 

 

「みんなご飯食べるの早いね」

 

 

何故かあたしの隣で一緒に食器を洗ってるのは

 

 

メガネだった。

 

 

「何故お前がここにいる?」

 

 

カチャカチャという食器の重なる小気味よい音に混じってあたしの低い声が響いた。

 

 

「何でって、居候だもん。これぐらい手伝うよ」

 

 

とにこにこ。

 

 

どうやらタクに当番を代わってもらったらしい。

 

 

「朔羅さんってお料理上手だね」

 

 

皿を洗いながら、メガネが言った。

 

 

メガネはあたしと同様制服を着替えていない。上着だけ脱いで、長袖のシャツを腕まくりしている。

 

 

細いけどキレイな筋肉がついた腕に、太い血管の線が浮き出ていた。

 

 

ゴクリ……

 

 

って、あたしゃエロ親父か!って思わず突っ込みたくなる。

 

 

だって…

 

 

男のこうゆう腕って何か惹かれる。

 

 

 

「……ん、朔羅さん」

 

 

呼ばれてあたしははっとなった。

 

 

「あのぅ、僕洗い方だめだった?」

 

 

ちょっと心配そうに眉根を寄せるメガネ。

 

 

 

「い、いやっ」

 

 

あたしは慌てて首を振った。

 

 

腕に目が釘付けだった―――なんて言えねぇ。

 

 

 

 

 

 

P.48


 

メガネはあたしを上から見下ろすと、何かを考えるように唇をきゅっと結んだ。

 

 

う゛。何だよっ。

 

 

だがふいに柔らかく表情が緩む。何だか全てこっちの考えを見透かされてる感じ。

 

 

「朔羅さんも女の子だね」

 

 

「は!!?あ、あたしは別にお前の腕なんかに興味ねぇよ」

 

 

あたしは慌てて前を向いた。

 

 

「は?腕?」

 

 

「へ!?」

 

 

「僕はお料理が上手なことを褒めたんだけど」

 

 

―――!!!

 

 

「…腕?」

 

 

メガネがきょとんとして、自分の腕に視線を落とす。

 

 

「だ~~~!!いいって!何でもねぇっ」

 

 

「?そう」メガネは不思議そうに小首を傾げると、皿を洗う手元に視線を戻した。

 

 

 

なんっか、ホントに調子狂う!

 

 

「お弁当もホントに美味しかった。ありがとうね」

 

 

「い、いや。別に、ついでだし」

 

 

面と向かって言われると照れる。

 

 

あたしは照れ隠しに、ぷいと顔を逸らした。

 

 

メガネはあたしの隣でクスクス笑ってる。

 

 

 

 

 

「朔羅さんってさ、ここの人たちに本当慕われてるよね」

 

 

 

笑顔の向こう側に、ほんの少し哀しみに似た何か複雑な感情を感じた。

 

 

本当に少しだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.49


 

でもあたしはそれに気付かないふりをした。

 

 

何となく、今は突っ込んで聞かないほうがいい気がしたし、それに気のせいかもしれねぇし。

 

 

「あ~、あたしもあいつらのこと好きだよ。兄弟みてぇなもんだな。っても、あいつらはあたしが叔父貴の姪だから大事にしてるってのもあるんじゃねぇかな」

 

 

メガネは泡のついた食器を流す手をふと休めた。

 

 

水が流れる音だけがシンクに響く。

 

 

 

 

 

「違うと思うよ。単純に、みんな朔羅さんが大好きなんだと思う。人として」

 

 

 

 

 

あたしもスポンジでごしごしと洗っていた手を休める。

 

 

「メガネ…?」

 

 

 

 

 

「僕の家はここみたいに賑やかじゃなかったから」

 

 

また哀しそうなちょっと影がある微笑み。

 

 

16歳の男子高生が見せる微笑とは種類が違って、それはひどく大人びて見えた。

 

 

メガネはきっとあたしの知らない人間の裏の部分をたくさん見てきたんじゃねぇか、咄嗟にそう思った。

 

 

それが叔父貴の養子縁組と何か繋がってる気がしたんだ。

 

 

「メガネ、お前さっ、前の家はどうだったの?兄弟とかは?」

 

 

あたしは食器を再び洗い出した。

 

 

何でもないように、極力さりげなく聞こえるように振舞った。

 

 

 

 

 

 

 

P.50


 

「兄弟は……上に兄が二人いるよ」

 

 

「兄貴が二人…」

 

 

「うん。って言ってもここみたいに仲良くはないけど」

 

 

いや、ここも別に仲が良いわけじぇねぇぞ。

 

 

でもメガネは楽しそうだ。

 

 

自分で言った言葉がウけたんじゃなくて、野郎どもを思い出して本当に楽しいって顔してる。

 

 

そう考えてはっとなった。

 

 

 

 

 

こいつ!!

 

 

 

もしかしてシンデレラ!!?

 

 

 

 

 

 

 

継母の連れ子の兄ちゃんたちに苛められて、継母からいびられてっ。

 

 

きっとそうだ!

 

 

だから見かねた叔父貴がこいつを引き取ったんだ。

 

 

見るからに弱そうだもんなぁ。苛められても太刀打ちできなさそう。

 

 

 

さっき教室で見せた殺気のことはどこへやら。

 

 

あたしはメガネのシンデレラ説にすっかり侵食されていた。

 

 

 

 

 

「メガネっ!!」

 

 

あたしは食器を置くと、泡がついた手でメガネの腕を思わず掴んでいた。

 

 

メガネがびっくりして目をぱちぱちさせてる。

 

 

 

P.51


 

「ここの野郎どもを兄ちゃんだと思いなよ。

 

 

そりゃみんなガラは悪いけど、根は良いヤツなんだ。

 

 

な」

 

 

 

 

 

 

あたしは至極真剣に、メガネの目をまっすぐに見て言い切った。

 

 

メガネ(名前)のメガネの奥で、琥珀色の目がびっくりしたように瞬いて、瞳の奥がゆらりと揺れた。

 

 

「お前が苛められないよう、組のもんにはきつくあたしの方から言っておくから。気にするな」

 

 

「……え…うん」

 

 

メガネはまばたきしながらようやくゆっくりと頷いて、魔法が解けたみたいにふっと笑った。

 

 

 

 

「ありがとう。朔羅さんってやっぱり優しいね」

 

 

やっぱり?

 

 

優しい??

 

 

 

いやいやいや……そんなこと言われたの初めてだよ。

 

 

 

 

 

あたしは急に恥ずかしくなって、ぱっと腕から手を離した。

 

 

 

ゴシゴシゴシ

 

 

 

無言で皿洗いに没頭する。

 

 

 

パシャンっ

 

 

 

水が跳ねる音がして、

 

 

「わっ」

 

 

メガネが声をあげた。

 

 

 

 

 

 

P.52


 

「どうした…」

 

 

あたしは顔を上げた。

 

 

メガネ(名前)はメガネを外して、手の甲で目をこすっている。

 

 

 

 

 

……!!

 

 

 

「目に泡が飛んじゃって」

 

 

メガネってこんな顔だっけ?

 

 

こんなっ―――色っぽいって言うの?

 

 

 

目を手の甲で拭う姿が妙にセクシーに思える。

 

 

 

 

 

わわっっ

 

 

 

セクシーとかイタすぎるだろ、あたしっ。

 

 

 

あたしは慌てて目を逸らした。

 

 

 

 

 

いつもむさくるしい野郎どもばかりしか見てなかったから、きっと慣れてないんだな。

 

 

だってあたしの周りで色っぽい男っていやぁ

 

 

叔父貴しかいねぇもん。

 

 

 

うん……きっとそうだ!

 

 

 

 

 

 

 

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