。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

妬きもち!?

 

 

 

 

 

優しい口付け。

 

 

叔父貴との……琢磨との―――キス

 

 

 

 

 

 

好き

 

 

 

大好き

 

 

 

 

世界で一番愛してる

 

 

 

 

そこから気持ちが溢れて、涙が出そうだった。

 

 

 

 

 

 

唇が離れると、叔父貴はあたしをそっと覗き込み、また優しく微笑んだ。

 

 

そしてそのままゴロリとあたしの横に横になる。

 

 

「お姫さま、どーでした?俺のキスは」

 

 

叔父貴はわざとちゃらけて言うと、あたしを後ろから抱きしめた。

 

 

力強い腕。たくましい筋肉。

 

 

わっ!腕が……

 

 

「ま…まぁまぁかな……」

 

 

まだキスの余韻に浸っていたあたしは照れ隠しに言った。

 

 

「手厳しいな」

 

 

叔父貴はあたしの言葉なんて真に受けてないようにクスクス笑ってあたしの首に顔を埋めた。

 

 

 

 

叔父貴のまだ濡れてる髪が首や頬に当たってくすぐったい。

 

 

 

 

 

「白状するよ。俺ぁさっき戒に妬きもち妬いてた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.94


 

「はぁ!?」

 

 

妬きもち!?叔父貴がぁ!?

 

 

「な、何で!!?」

 

 

「だってお前戒のことばっかり聞きたがるから」

 

 

あたしのお腹の辺りに回った腕に力が籠った。

 

 

苦しくはないけど、いつも威風堂々としている叔父貴らしくないって言うか…。

 

 

 

でも……

 

 

 

 

 

 

妬きもち妬いてくれたってことは、ちょっとはあたしにも見込みがあるってことだよな!

 

 

それに、何だかいつもの叔父貴らしくなくて可愛い。

 

 

あたしは嬉しくなって、叔父貴の腕をぎゅ~と抱き込んだ。

 

 

 

 

叔父貴は片方の腕だけをそっと抜いた。

 

 

 

 

 

 

「きれいだな」

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとだけ体を捻ってあたしは叔父貴を見上げると、叔父貴は枕に肘を付きそこに顔を乗せて、ちょっと目を細めていた。

 

 

目の前の桜のジオラマをまるで愛おしいものでも見るような慈愛に満ちた目で見つめている。

 

 

 

桜を見つめるその姿もかっこよくて思わず見惚れちまうけど、叔父貴は桜の向こう側に何かを見ようとしていたのが分かった。

 

 

 

何を見ているの?

 

 

何を考えてるの?

 

 

 

 

ねぇ―――あたしに誰を―――重ねてるの…………?

 

 

 

そんな疑問が頭を過ぎったが、言葉にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.95


 

「朔羅……俺があげた香水使ってるんだな。お前、いい匂いがする」

 

 

叔父貴は桜のジオラマから目を離すと、チュっとほっぺたにキスをくれた。

 

 

だって叔父貴がくれた香水だもん。

 

 

大事に使ってるよ。

 

 

 

 

 

 

「なんか、桜に抱かれてるみたいだ」

 

 

 

 

 

 

あたしはちょっと目をまばたいた。

 

 

ちょっと発音を変えると…

 

 

『朔羅に抱かれてみたいだ』

 

 

 

ギャァ!!!

 

 

叔父貴……その言い回しなんかエロいよ!

 

 

 

「ははっ」そんなことを思ったあたしは曖昧に笑った。

 

 

 

 

 

「ずーっと、お前と一緒に居られたらいいのに……」

 

 

 

ふいに叔父貴の切なそうな言葉が降って来た。

 

 

なん……で、そんなこと急に……

 

 

 

 

 

 

 

「来る春も、来る春も……こうしてお前と一緒に桜を愛でられたらいいのに」

 

 

 

 

何でそんなこと言うの?

 

 

まるで叔父貴がどこか遠くへ行っちゃうような……

 

 

 

 

あたしの手の届かない、遠くへ遠くへ……

 

 

 

行っちゃうような

 

 

 

 

そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

P.96


 

心の中に芽生えた一抹の不安。

 

 

焦燥感にも似たようなその酷く哀しい思い。

 

 

「なぁに言ってるんだよ。来年も再来年も5年後も10年後もずぅっと一緒だよっ」

 

 

あたしはわざと明るい声で言った。

 

 

 

 

だけど無理やり作った笑顔は、奇妙に歪んで複雑な表情をつくる。

 

 

2年前の“あの夜”叔父貴と誓った言葉をふいに思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「叔父貴……

 

 

 

あたしたちは、つがいの龍だ。

 

 

 

二人で一つ。

 

 

 

離れることなんてねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叔父貴があたしの背後で小さく吐息のような笑みを漏らした。

 

 

 

「そうだったな」

 

 

叔父貴は自分が言った言葉を今更思い出したかのような口ぶりで言った。

 

 

だけど忘れていたわけじゃない。

 

 

叔父貴の中でその言葉が色あせているというわけじゃない。

 

 

 

 

 

ただ、遠くへ行きかけていた誓いを、必死になって手繰り寄せてる。

 

 

 

そんな物言いだった。

 

 

P.97


 

黄龍は四神の長だ。

 

 

四神は東西南北の守護獣なのに対し、黄龍は中央を守るとされる。

 

 

 

 

最も強く、最も美しい―――

 

 

最強と謳われる唯一無二の存在。

 

 

 

 

 

 

黄龍はもともと一つだった肉体が天と地に分かれた言う言い伝えがある。

 

 

 

 

天と地。

 

 

 

二つの世界で、いつだって互いを求めている。

 

 

 

 

 

 

なんて言やぁロマンチックなのに、ヤクザ間の隠語ではもっと切実で、現実的な意味合いを持つ。

 

 

何故黄龍は二つに別れたのか。

 

 

何故つがいなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

何故二人なのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.98


 

「そぅいやさぁ、クラブZの件、もう叔父貴の耳にも入ってるだろ?」

 

 

白虎会の虎間組が攻め込んできた。

 

 

由々しき事態だ。青龍を脅かそうとしている。

 

 

 

 

 

黄龍のことをぼんやりと考えていて、あたしはふっとそのことを思い出した。

 

 

メガネのシンデレラ談や、ゲイ発言ですっかり忘れかけてたけど。

 

 

優しかったり、そうかと思うと急に殺気だったり(まぁ、これは気のせいだと思うけど)…

 

 

あいつは何かとつけてあたしの気持ちをかき回す。

 

 

そう言えばあいつも“黄龍”の存在を知ってたな。

 

 

 

まぁ極道の世界では伝説になってるから、どこかで聞きかじったんだろうけど。

 

 

 

 

「…………」

 

 

叔父貴はあたしの背後で押し黙った。

 

 

背中を通しても分かる。

 

 

密着した肌から氷のように冷たくて刺すように痛い殺気がひしひしと伝わってきた。

 

 

「叔父貴……?」

 

 

あたしは叔父貴の顔色を窺うようにそぉっと振り返った。

 

 

 

 

 

叔父貴は眉間に深い皺を刻んで、ぐっと目を細めていた。

 

 

 

 

「悪りぃな。朔羅にはいつかきちんと話そうと思ってたんだ。いずれ口さがない組の連中から知らされるよりいいだろう」

 

 

 

 

 

 

いつになく真剣な表情…(いや、いつも恐えぇぐらい真剣なんだけど)

 

 

今のはちょっと次元が違うっていうか。

 

 

もっともっと深いところにあるっていうか……

 

 

 

 

とにかく口では現せない嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.99


 

「実は関西白虎会と盃を交わす話が出ている。虎間はその件で東京に来てるってわけだ」

 

 

「白虎会と……」

 

 

盃を交わすってことは、事実上白虎会と手を組むってことだ。

 

 

極道にとって盃事は、団結と統制を象徴し、組織への帰属意識を高めるための大事な儀式のことを差す。

 

 

暴力団組織の特色は、擬制の血縁関係で結ばれている。

 

 

その血縁関係を結ぶ為にも兄弟盃というものを交わすのが慣例だ。

 

 

しかし組織と組織の盃事になってくると事態は大掛かりなものになる。

 

 

 

「何で白虎会なんかと……」

 

 

あたしは思わず起き上がって、まだ横になったままの叔父貴を見下ろした。

 

 

叔父貴も起き上がると、忌々しそうに眉間に深く皺を寄せ、枕元のボードにあるタバコのケースに手を伸ばした。

 

 

ゆっくりした動作でタバコに火をつけるその動作は、こんなときまでも優雅だった。

 

 

 

「青龍会と白虎会は、勢力を増した玄武、朱雀に押され気味だ。今はいい。何とか食い止められるからな。だが勢いに乗った二つの勢力はいつ青龍会を食い破ってもおかしくない」

 

 

 

ため息とともに吐き出した煙は、天井に昇ることなく、いつまでも叔父貴の顔辺りにくすぶっていた。

 

 

まるでわずらわしい何かのように。

 

 

 

「でもっ!白虎会は次期当主を誰にするか内輪もめが絶えないって噂だ。内部抗争も勃発してるって。

 

 

そんなところと今手を組むなんて、危険極まりない!」

 

 

そう、頭の良い叔父貴にしちゃ随分安易な考えだ。そう思った。

 

 

叔父貴らしくない。

 

 

それとも叔父貴をここまで急き立てる何か他の理由があるって言うのか?

 

 

 

 

 

早く

 

 

 

 

早く

 

 

 

 

手遅れになる前に早く。

 

 

 

そんな心の声が聞こえた気がする。

 

 

 

何に焦っている。何から逃げようとしている―――?

 

 

 

 

 

 

 

 

P.100


 

黙ったまま叔父貴はタバコを一口、二口と吹かす。

 

 

溜まりかねてあたしは次の言葉を吐き出した。

 

 

「現にクラブZがやられたじゃねぇか。噂によると虎間兄弟の仕業だって。あいつら青龍会を乗っ取ろうとしてやがるんだ」

 

 

「落ち着け、朔羅」

 

 

叔父貴はまだ半分ほど残ったタバコを同じく木でできたボードの上に置いたガラスの灰皿できれいにもみ消した。

 

 

「クラブZの真相は俺が把握している。事後処理も内密に済ませた」

 

 

「でも……」

 

 

それでも納得のいかなかったあたしは食い下がった。

 

 

思えば叔父貴に意見するなんて、これが始めてだ。

 

 

いつだって叔父貴はあたしの欲しい答えをくれる。

 

 

いつだってあたしの考えに同調してくれる。

 

 

あたしが間違った考えでも、やみくもに叱るんじゃなくて、どうしていけないのか理由づけて正しい道に導いてくれる。

 

 

でも

 

 

今は叔父貴の考えが全く読めないよ。

 

 

叔父貴の心が読めないよ。

 

 

差し出された道の一歩先は暗闇だった。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だ。お前は何も心配しなくていい。手は打ってある」

 

 

 

 

 

P.101


 

 

 

 

大丈夫

 

 

 

 

叔父貴はもう一度小さくあたしの耳元で囁いた。

 

 

低いくすぐるような甘い声音。

 

 

大好きな叔父貴の声。

 

 

 

 

「大丈夫だ」

 

 

 

その言葉であたしの暗かった道に一筋の光が差し込んだ。

 

 

単純だ、と言ってしまえばそれまでだけど……

 

 

でもそれぐらい叔父貴の言葉には威力と絶対的な安心感が含まれてる。

 

 

 

 

叔父貴は何もかも知っている。

 

 

きっと虎間のことも。

 

 

そいつがしでかしたことも、ことの真相も。

 

 

あたしたちはただ噂でしか聞いていないから、悪い方へ悪い方へ考えるしかできなかったけど。

 

 

きっとそいつらにも何か事情があったんだ……と。

 

 

 

 

大丈夫

 

 

 

 

今は叔父貴を信じるしかない。

 

 

 

例え手ひどく裏切られる未来が待ち構えていようと

 

 

 

 

今はとにかく

 

 

 

 

信じるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

P.102


 

あたしは小さくため息を吐くと、無理やり笑顔を作った。

 

 

口の端が妙につりあがってぎこちないものになっちゃったけど。

 

 

「なぁ、虎間ってやっぱ強いのか? 関東に進出してきたのは兄弟のうちの誰だ?」

 

 

叔父貴も険しかった表情を緩めて、口元に笑みをたたえた。

 

 

「気になるのか?」

 

 

「そりゃ、盃を交わす相手だし。それに交わしてもいいって叔父貴が思える奴なら気になるよ」

 

 

極道の世界で最強と謳われた叔父貴が認めた白虎会、虎間―――いや、ホントのところはどうか知らないけど、少なくとも普通ではない筈だ。

 

 

「お前と互角ぐらいかな?」

 

 

叔父貴はのんびり言って、再びベッドに横になった。

 

 

「互角……って、そんなの比べる対象があたしだったら分かんないよ」

 

 

叔父貴はちょっとくしゃりと子供っぽく笑う。

 

 

「お前が本気出したら俺だってきっと適わない」

 

 

叔父貴の手がそっと伸びてきて、あたしの胸の前に垂れた髪の毛に触れた。

 

 

「や。いくら何でも力じゃ叔父貴には勝てねぇよ」

 

 

あたしは思わず苦笑いを漏らした。

 

 

「力じゃねぇよ。喧嘩はスピードと技術。それにずば抜けた洞察力が最も必要だ」

 

 

 

 

 

お前はその全てを備えている。

 

 

 

 

まさに芸術品とも言えような。

 

 

 

 

そう、叔父貴は続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.103<→次へ>


コメント: 0