。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。

 

第一章

『出逢ってしまった』

*戒Side*

 

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朔羅が響輔(キョウスケ)にケーキを手渡していた。

 

 

朔羅のことだから別に深い意味なんてないだろう。

 

 

 

 

ただ、それだけなのに何でこんなに苛々するんだ?

 

 

 

 

さっき学校で違うクラスの女子に告られた。

 

 

顔を真っ赤に赤らめて、俺のタイプじゃなかったけど結構可愛い子だったな。

 

 

もちろん、丁重にお断りをしたが。

 

 

 

 

あの場に朔羅がいた。

 

 

風が香りを運んできたのだ。

 

 

それを気にしてるのか―――?

 

 

 

 

まさか……な。

 

 

 

 

 

自室に戻ると、俺は乱暴に鞄を放った。

 

 

朔羅と響輔……なかなかお似合いじゃねぇか。

 

 

龍崎 琢磨よりもずっと―――

 

 

 

 

いや、響輔のことだけじゃない。

 

 

俺の中には一週間以上前からこの苛立ちがずっと奥でくすぶっている。

 

 

朔羅と喧嘩―――って程でもないけど、言い合いになってからだ。

 

 

 

 

 

あの首のキスマークを見たら、いつもの平然とした態度ではいられなかった。

 

 

久しく忘れかけていた感覚がふっと体の奥で首をもたげた。

 

 

俺は必死にその感情を押し殺したけど、最後まで消し去ることはできなかった。

 

 

だからあんな酷いことを……言った。

 

 

 

 

 

別に朔羅が誰を好きで誰と付き合おうが、勝手じゃないか。

 

 

 

今は――――

 

 

 

 

 

 

 

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畳の上に脚を投げ出しごろりと横になると、俺は腕を組んで頭の下に組み敷いた。

 

 

「……戒さん」

 

 

襖の向こう側で響輔の遠慮がちな声が聞こえた。

 

 

誰にも聞かれないよう、声を押し殺して。

 

 

俺の返事を待たずに響輔は襖をすっと開けた。

 

 

「何だよ」

 

 

俺はぶすりと答えたが、響輔は気を悪くした様子はなかった。

 

 

というか、こいつが何かに苛立ったり、怒ったりするのをあんまり見たことがない。

 

 

“昔”から。

 

 

響輔はふっと笑うと、俺の足元にしゃがみこんだ。

 

 

「やっぱり、拗ねてるんですね」

 

 

「やっぱりって何だよ。やっぱりって」

 

 

響輔はクスクス忍び笑いを漏らすと、

 

 

「相変わらず分かりやすい人ですね」と言った。

 

 

「分かりやすいも何も、ガキん頃から一緒にいるんだ。分かるもへったくれもねぇだろ」

 

 

響輔は小さく笑みを漏らすと、朔羅から受け取ったケーキのラッピングを俺の前にずいと差し出した。

 

 

 

「……何だよ」

 

 

「これが欲しかったんでしょ?あなたに差し上げます」

 

 

 

 

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「はぁ?んなもんいるか!」

 

 

俺はちょっと声を低めると、寝転んだままの姿勢で響輔を睨み上げた。

 

 

「そうですか?じゃぁ俺がもらっちゃいますね」

 

 

そう言って袋のリボンを解く。

 

 

「待て」

 

 

俺はむくりと起き上がった。

 

 

響輔と同じ目線になると、俺はぶっきらぼうに手を差し出した。

 

 

「?」

 

 

響輔がわざとらしく首を傾げる。

 

 

「寄越せよ。食ってやる」

 

 

「素直じゃないんだから……」苦笑いを漏らすと、響輔は袋ごと俺に手渡した。

 

 

でもその手をふっと引っ込める。

 

 

「何だよ」

 

 

「2切れあるから半分こしましょう。俺もお嬢の作ったケーキ食いたいです」

 

 

「ケーキが食いたいんなら、こっちをやる。それを俺に寄越せ」

 

 

そう言って俺はクラスの女子からもらったケーキが詰まった紙袋を響輔に差し出した。

 

 

 

 

 

 

「そんな誰が作ったかも分からない物俺はいりません。お嬢のケーキが欲しいんです」

 

 

 

 

響輔はきっぱりと言い放った。

 

 

 

 

P.136


 

 

「何言って……」と言いかけて俺は、はっとなった。

 

 

「響輔……おめぇまさか……朔羅のこと…」

 

 

響輔は切れ長の黒い瞳を細めて俺を見た。

 

 

「だったらどうします?」

 

 

「どうするって、あいつ好きな奴いんぞ」

 

 

「知ってます。俺は戒さんよりずっと長くお嬢の近くにいましたから」

 

 

俺よりずっと長く…………

 

 

 

 

そう、響輔は俺よりもずっと朔羅のことを知っている。

 

 

あいつの癖や笑顔、悲しかったことや、辛かったこと。

 

 

朔羅はあの通りの性格だから、家族のことを大切にするだろうし、響輔とは歳が近いから何かと打ち明けてるのかもしれない。

 

 

でも………

 

 

 

 

 

 

「だめだ。あいつは譲らない。俺のだ」

 

 

 

 

 

「そうですか」

 

 

響輔は無表情に呟いた。

 

 

「じゃぁお嬢を不安にさせないでください。傷つけないでください」

 

 

 

 

 

 

 

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「俺がいつあいつを不安にさせて、傷つけたって言ってんだよ」

 

 

俺は響輔に顔を近づけると、こいつを間近に睨み上げた。

 

 

 

 

 

「……今はまだ…軽い口喧嘩で済んでます。お嬢だって素直になれないから突っ張ってるだけで……

 

 

でもいずれあなたのことを知って真実を知ったら、あの人はきっと深く傷つく」

 

 

俺はそれを見るのが辛いです。

 

 

響輔は最後にそう続けて口を噤んだ。

 

 

 

 

俺が朔羅を傷つける――――?

 

 

 

 

 

「勘違いすんなよ。話を持ち出してきたのは“あっち”なんだ。傷つけるのは俺じゃねぇ。

 

 

龍崎 琢磨だ」

 

 

 

 

 

 

「そう……ですね」

 

 

響輔はちょっと悲しそうに口の端を歪めた。

 

 

すぐそこにある事実がそうであるように。現実が歪んで捩れてるように。

 

 

響輔は俺の手の中にケーキを置くと、俺の手にしっかりとケーキを握らせた。

 

 

 

 

 

「戒さん。どうかお嬢の支えになってあげてください」

 

 

「お前に言われなくてもそうするつもりだよ」

 

 

俺はそっけなく言ったが、離れていく響輔の手はまだ不安を残しているようで名残惜しそうだった。

 

 

 

 

 

直感―――じゃないな……

 

 

 

こんなにも分かりやすく響輔の気持ちがひしひしと伝わってくる。

 

 

お前も朔羅のことが好きなんだな……

 

 

 

 

 

響輔が俺の部屋から立ち去って、手の中にあるケーキはまるで温かさを失ったように冷たく感じた。

 

 

 

 

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