。・*・。。*・Cherry Blossom・*・。。*・。
第一章
『出逢ってしまった』
養子縁組!?
あたしの吹き出した紅茶をまともに食らった叔父貴は、それでも取り乱すことなくスーツの上着のポケットからハンカチを取り出して、顔を拭った。
叔父貴のすぐ後ろで立っている死体男も苦笑いをこらえている。
「お、叔父貴…すまねぇ」
「いや。お前のこういうことには慣れてる」
そうか…良かった。
って!そういう問題じゃねぇ。
「叔父貴!こいつが何でここにいるんだよ。叔父貴の知り合いか!?」
「ああ、すまない。お前に説明するのが遅れたな」
ハンカチをポケットにしまうと、叔父貴はすまなさそうにちょっと眉を寄せた。
くぅ…。困った顔の叔父貴も色っぽくてなんてかっこいいんだ。
って見惚れてたら、
叔父貴は唐突に口を開いた。
「朔羅にはちゃんと説明しようと思ってたんだ。
今日、彼、戒を正式に養子縁組して、俺の息子にした」
は?
ヨウシエングミ?
ムスコ?
はぁああああああ!!!?
P.17
「いや、いやいやいやいや…息子って、養子縁組って…
叔父貴あんた子供が欲しかったのか?
は!もしかして、跡取りのことを考えて?」
何で!?
何で突然そんなことを!!!
叔父貴は優雅に膝の上で手を組むと、まっすぐにあたしを見つめてきた。
黒い瞳には揺るぎがなかった。
「詳しい事情はまだ話せない。跡取りとかそういうことじゃないからお前は気にするな」
気にするなって言われても、跡取りじゃぁないって、じゃぁ何なんだよ。
つーか、叔父貴とこいつにどんな繋がりがあるんだよ!
つーか、何であたしと同じ学校に通ってるんだよ!
つーか!叔父貴の息子ってことは…
「あたしの…」
「従姉弟ってことになるねぇ」
死体男がソファの背もたれに頬杖をついてにこにこしながら答えた。
従姉弟!!
ってかありえないでしょーーーー!!!
P.18
「それでお前をここに呼び出したのは、その…戒をしばらく龍崎家に置いてくれないか、という相談なんだが」
相談?そりゃ叔父貴の頼みならどんな頼みでも聞いてやりたいけど…
でも……
いくらなんでも強引すぎやしないか?
年頃の姪と分けもわかんねー男を同居させるのは。
っても何か間違いを犯せるほどの度胸も度量もこいつにはないだろうけど。
「無理な頼みだとは重々承知の上だ。だが、どうしてもお前しか頼めなくてね」
お前しか……
「了解しました☆」
現金なあたしはそんなこと言われて、あっさりと引き受けちまった。
P.19
会社のモンに送らせる、と言って叔父貴は車を用意してくれた。
黒塗りのセルシオの後部座席に二人で乗り込んだ。
運転手さんは、組のもんじゃないけど叔父貴が会社を立ち上げた当時からいるお抱えの運転手さんで、後部座席の話には一切口を挟まないし、聞いていないふりをする。
ここであったことは、彼の胸の中に収められてるってことだ。
この初老の運転手さんは、一体いくつの秘密を抱えてるのだろう。
暴露本を出したらかなり売れると思うが。
今日のは特に激しい内容になりそうだ。
「なぁメガネ」
あたしは滑らかに発車したのを確認すると腕を組んで、隣の席に済まし顔で座っているメガネを見た。
死体男からメガネに格上げだ。ありがたく思え、この野郎!
「あんた叔父貴がどういう人かしってんのか?」
「知ってるよ。ヤクザでしょ?」
メガネはにっこり微笑んでいった。
う゛!
このヤロゥ。爽やかじゃねぇか。
「あんたどう見てもカタギだよな。何で叔父貴の養子になんかなったんだよ」
「妬いてるの?可愛いね」
はぁ!?誰がお前に妬くって!!!
てか可愛いとか言うな!
てか話をすり替えんじゃねぇ!!!
P.20
「朔羅さん…」
「何だよ?」
「って呼んでもいい?苗字同じだし。従姉弟なのに苗字で呼ぶのは変だしね」
気安く呼ぶんじゃねぇ!!
って怒鳴りたかったけど、止めた。
こいつは、何か生気吸い取られるんだよなぁ。怒っても無駄って言うか……
何かやる気が失せる。
と言うか、こいつの纏う空気が……全く読めねぇんだよな。
こんな男初めてだ。
そんなことを考えながらぼんやりと窓の外を眺めていると、
「朔羅さん」
ふいに名前を呼ばれた。
面倒くさそうに振り返ると、すぐ近くにメガネの顔があった。
柔らかい髪の先が頬に当たるぐらいまで。
じっくり見るとこいつ……
相当整った顔してる。やっぱり美少年……
って…
「な!?何近づいてんだよ。ぶっ殺されてーのか!!」
そんな考えを否定するためにあたしは今発揮できる懇親の力で怒鳴った。
P.21
だけどメガネは全く怯む様子がない。
それどころか、にっこりと……
いや、にやりと、いっそ不敵とも言える笑顔を浮かべた。
色素の薄いビー玉のような目に一瞬光が宿った……ように見えた。
な!なんだこいつ……
「朔羅さん、いい香りするね。外じゃないのに、桜の香りだ。香水?」
あ?あぁ何だそのことか。
「ゲランのチェリーブロッサムって香水だよ。去年の誕生日に叔父貴からもらったんだ」
「チェリーブロッサム」
メガネは何か考えるように小首をかしげ口の中で復唱した。
「いい香りだね。朔羅さんにぴったりだ」
にこっとまた柔らかい笑顔に戻る。
ホントに……
何だよ。こいつは?
P.22
―――
「つーわけで、今日からこいつがここに住むことになった」
あたしはこの龍崎家に住み込んでる組のもんを茶の間に集めて、叔父貴とのいきさつを説明した。
床の間の前であたしが組のもんに言い聞かせてる間中、隣でメガネは大人しく正座をしていた。
「お世話になります」
ご丁寧にもきっちり頭を下げて挨拶なんてしてる。
茶の間にずらりと並んだ舎弟たちの顔、顔、顔。
みな、不審感で表情を歪ませている。
ただでさえ人相が悪いのに、更に悪くしてどーする。
バン!!!
あたしは勢い良く机を叩いた。
「野郎ども!いいか!?こいつに何かしてみろ。てめぇらまとめて東京湾に沈めてやっからなっ!!」
「「「へ、へい!!!」」」
それにしても……
こんな屈強で強面揃いの組のもんを目の前にしてもメガネは表情一つ、眉一つぴくりとも動かさねぇ。
度胸が据わってるのか……
って言うよりも、何か妙に慣れてる感じがするのはあたしだけだろうか。
あなどれねぇ奴だぜ。
P.23
―――
その夜は眠れなかった。
いくら広いとは言え、ほとんど見ず知らずの野郎が一つ屋根の下にいるからか?
いや、あいつが何かしてこようとしても応戦(とういか返り討ち)する自信はある。
何ていうか……
得体の知れない何かが、あたしも知らないところでゆっくりと、ゆっくりと侵食してきている。
そんな感じだ。
それがあたしにとってプラスなのか、青龍会を脅かすほどの脅威なのか―――
まだ分からない。
あたしだって好き好んで、やくざ一家にいるわけじゃない。
できれば普通の……どこにでもいる女子高生の生活をしてみたい。
普通に勉強して、普通に遊んで、普通に―――恋をしたい。
だけど、あたしの好きな人は
普通の人じゃないから。
叔父貴―――いや、琢磨……
あたしのこの想いが届く日は……
いつか来るのかな……
P.24
―――
次の日の朝、
「はよ~」
あくびをかみ締めながら、居間の襖を開けるとマサを含む組員3人が何やら深刻そうな顔をして顔を突き合わせていた。
「あ、お嬢!おはようございやす!!」
「はよ。何話してんの?そんな深刻な顔して」
「お嬢!聞いてくださいよ。昨日の晩、クラブZで乱闘騒ぎがあったらしくて」
マサがあたしを見て勢い込む。
「クラブZっていやぁ、畑中組のシマだろ?何で乱闘騒ぎなんて」
「それが……」
言いにくそうにマサが口を濁した。
何だよ?はっきりしやがれっ。
「それが、どうやら白虎会の跡目の虎間(トラマ)兄弟にやられたらしいですぜ」
マサの後を引き継いで、タクが言った。
「関西の白虎会、直系虎間組が何で関東に……」
虎間兄弟っていやぁ面は見たことねえけど、噂では凶暴、凶悪、残忍で有名な3兄弟だ。
だけど3兄弟とも腕っ節は確かだとか。
「いや、兄弟じゃなく、実際は一人だったらしいんすけど」
「一人……畑中組っちゃ、あそこは若けぇが屈強ぞろいだろ?全員やられたのか?ホントに虎間兄弟なのか?」
あたしは眉を寄せた。
もし本当だとしたら……
何故関西の白虎が関東の青龍の縄張りにいるんだ!?
「それが……どうやら間違いないらしいです。背中にホワイトタイガーの紋(彫り物)背負ってったらしいですぜ」
P.25
「ホワイトタイガーの紋……」
白虎―――
「今日辺り、緊急の幹部会が開かれるンじゃ……」
幹部会……
叔父貴……
忙しくなりそうだな。
険しい顔をしてそんなことを思っていると、
「おはよぅございますぅ」
とメガネのんびりした声が聞こえた。
一同が同じタイミングで振り返ったから、さすがのメガネもびっくりしたように目をぱちぱちさせていた。
起き抜けなのか、白地に青のストライプが入ったパジャマ姿だった。
柔らかそうな髪がぴょんと跳ねて寝癖がついているのが、妙に平和に見える。
「ど、どうしたんですか?みなさん、怖い顔して…」
「何でもねぇよ」
「?」
メガネは不思議そうに小首を傾げてる。
ま。こいつには関係ねーか。
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